ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS (修正済再掲)ちひろの目から見た「まきの誕生日作戦」SS 『コタツ十字に栄光あれ』

<<   作成日時 : 2007/12/28 23:34   >>

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 眼下の水を湛えた美しい星では、既に戦闘の火蓋が切られていた。だがその爆音は勿論、遥か高軌道上で作戦の司令部となっている艦の喧騒さえも、彼らがいる場所には届かなかった。
 リワマヒ医療部隊は、司令部からの命令がき次第、今いるカーゴごと直ちに火星上にいる「夜明けの船」に降下する事になっていた。


 夜明けの船には勿論十分な医療設備があるが、万が一それが使えなかった時の為に、手術に必要な物資は全てカーゴに詰み入れてあった。そこまでは、他の医療で名高い国家の部隊も同じだっただろう。だが、そのカーゴにはもう一つ、まさにリワマヒ国の医療部隊ならではの装備が運び込まれていた。即ち‥‥‥コタツである。
(いいのかなぁ‥‥‥こんな事で)
 今回たっての希望で医療部隊に加えてもらった新入り、ちひろは、外した座席の代りに置かれたおこたの隅に身を滑り込ませた状態で、そっと回りを見回す。今回の作戦に参加しているのは自分の他に部隊の指揮官である東、先輩医師である平、ダース、さやさん、島津の都合五人である。
 おこたを囲んだ他のメンバーは、至極まったりと過ごしている。東のみが、司令部とのやり取りをしている為か、時折インカムに耳を傾け低い声で話をしていた。正直、とてもこれから戦場の直中に突入する部隊には見えない。
 勿論弛緩しているわけではない。ただ、ちひろの想像とは全く違っていた事は確かだ。個人的に並々ならぬ意気込みで参加しただけに、なんというか、
(いいのかなぁ‥‥‥)
になってしまうのだ。
 戦況は勿論、モニターを通して全員が共有しており、優勢だろうと劣勢だろうと隠す事なく伝えられる。そこではまさに今、紅葉国藩王自らが駆る希望号が、400機に及ぶRBを一身に引きつけての戦闘が行われている最中だった。
 これが初の実戦参加という事もあり、どうにも落ち着かない。これで何度目かの資材の確認に立ち上がったちひろに、対面から鋭い声が飛んだ。
「うろちょろしないで座ってろ、新入り」
「う、は、はいっ」
 なぜか被った仮面(その理由は恐ろしくてとても訊けない)の下からギロリと鋭い視線を向けられて、ちひろは慌ててその場に腰を下ろす。そういえば、医大の先輩から仮面で顔を隠した凄腕の外科医がいるのだと聞いたことがある。腕は確かだが、とても気難しい人だと。
「どんな時でも、俺たち医者は落ち着いていなければならない。俺たちが浮き足立てば、患者に不安をばらまく事になる」
「はい‥‥‥」
 一部の隙もない正論に、返す言葉もない。しおしおとうなだれたちひろにともつかず、ダースは憂うように大きく溜め息をつく。
「近ごろの学校じゃ、こんな事も教えていないのか」
 そんな事はありません、そう言葉を返すことはなんだか怖くてできない。自然と俯いたちひろの上を、穏やかな声が通過した。
「コワもてっぷりで患者を硬直させてしまうってのも、医者としてどうなんだって気がするけどなぁ」
 からかう声色でそんな事を言う東に、ダースは喉の奥で唸り声を響かせて応じる。どうやら二人は、知り合いらしい。
「指揮官は気楽だな。怪我人見て、顔しかめてりゃいいんだから」
「失敗したら切腹が待ち構えてる指揮官よりはマシよな、そっちは。ふふふふ」
(えーっと‥‥‥)
 これはやっぱり庇ってもらったという事になるんだろう。そっと頭を下げてみると、東からは優しげな笑みが戻ってくる。この場では唯一の生粋の軍人だが、軍人という言葉の響きから想像される厳つさとは、全く無縁に見える。むしろ、大学で教鞭を取っていてもおかしくないタイプに感じられた。
 ‥‥‥まぁ99%冗談だろうけど。
(この人が切腹する事態にならないように頑張ろう‥‥‥)
 に、しても‥‥‥と、そろ〜っと斜め横に視線を向ける。
「‥‥‥すー‥‥‥」
 そこには相変わらず、おこたになつくようにして眠りを貪っている平の姿があった。起こさなくてよかったとホッと息を吐いて、それからまた微妙な気持ちに囚われる。いいのかなぁ、だ。
 とはいっても、カーゴに入る前のブリーフィングとそれに続く事前のオペレーション確認時には、目を見張るような鮮やかなオペレートをしてみせた人だ。自分が心配するなんて、おこがましいというものだろう。
 その平につられたように、さやさんもあくびを繰り返している。中年に片足を突っ込んだ風貌の、ほっそりとした人物だ。ここで初めて会ったのだが、彼もまた優しい声と笑顔で、入国を歓迎してくれた。医局では夜勤が多いのですよと言って、すっかり糊の落ちた感のある手術服の肩をすくめてみせていたが、確かに疲れているようだ。ちひろの視線に気がついてか、メガネを外した彼は目をこすりながら照れたように笑った。
 不意に、モニターに割り込みがかかった。今回の作戦では藩国に残っている、室賀藩王の姿が映し出される。藩国の政策協議のすべてが行われるという噂の、おこたの間からの映像のようだ。背後にはひらひらとこちらに手を振る、技族のシコウの姿も見えた。
『皆さん、調子はどうですか?』
 威風を感じさせる外見とは裏腹に、ちひろが最初に会った時から藩王の物腰は丁寧で穏やかだ。一度事が起こればその外見に相応しい胆力を存分に発揮する人物であるが、表に現れる態度は常に、国民に対してさえその丁重さを崩すことはないのだと耳にしている。
「今のところ、特には問題ないですね。万事順調です」
 負けず劣らずの穏やかさで、東が応じる。満足げな笑みを見せて、藩王は頷いた。
『それはなによりです。さて‥‥‥ブリーフィングで皆さん確認していると思いますが、今回の作戦での我々の出番は最後、ハリー・オコーネル氏の義体の換装手術です。但し現在の作戦状況如何によっては、友軍の治療や蘇生に当たってもらう事も考えられます』
 そう言って、それによって新人たちに与えた緊張をほどくように、藩王はまた穏やかに笑ってみせる。
『とはいえ友軍は優秀な部隊が揃っていますから、必ず我々を最高の手術が出来る環境へ導いてくれるでしょう』
「ですね。まぁうちの場合、最後の手術以外出番がない方が幸せというものです」
『そうネゥ』
 東の返答にのほほんと合いの手を入れてシコウが笑う。まったく、戦場にあって、これだけ和やかな笑みが交わされるというのも予想外だと、ちひろはまた思う。これも医療部隊という特色故なのか。それともこれが、リワマヒ国の持つ特色なのだろうか。
 だとしたら、それはなんとしなやかな強さだろう。
『島津さん、ちひろさん。先輩方は歴戦の猛者ですから、大船に乗った気持ちでいてくれて大丈夫ですよ』
 藩王に穏やかなまなざしを向けられて、ちひろは咄嗟に背筋を伸ばした。
「ういっす! 藩王様の分まで頑張りますよ!」
 力強い返事を口にする島津は、まったく緊張していないように見える。その言葉に並んでコクコクと頷くことしかできないまま、ちひろはまた心の中だけで頑張ろう、と唱えた。
『ありがとうございます』
 藩王が目を細めて笑う。会話が途切れた瞬間、ふと、空気が変わった。司令部と連絡を取っていたらしい東が、表情を引き締めて一同を見回す。
「リワマヒ医療部隊、2320より『夜明けの船』に向けて降下を開始します」
「・・・!」
「『夜明けの船』には既に敵が入り込んでいますので、まずはその掃討が行われるまで待機。我々の出番は、その後です」
 カーゴの装甲を通して伝わってくる外部の慌ただしさ、始動するエンジンの音、振動、肌で感じるそれに、ちひろはぶるっと身を震わせた。いつの間にか消えていた緊張が、時間を巻き戻すように体に戻ってくる。
「新入り、ぼやっとするな。ここからが『俺達の戦争』だ」
 仮面の奥の目に見据えられて、ハイと答える声が僅かに震えた。
「了解です、ここでヘマったら男が廃る!」
 威勢良くそう言って、島津がぱしっと平手に拳を打ちつける。その快活な声につられるように、勝手に言葉が飛び出した。
「女だって、廃ります!」
 その日、初めて出た大声だった。ふっと、どうしてだかこわばりが解けた。いつの間にかぱっちりと目を開けていた平と、視線がぶつかる。それで良いのよ、というような笑みを浮かべて、平はゆっくりと頷いてくれた。
「その意気その意気、頑張りましょう!」
 にっと笑った島津に軽く肩を叩かれ、ぎこちなくではあったが、ちひろはようやく笑うことが出来た。
『では皆さん、気をつけて行ってきてください』
 モニターの向こうで、藩王が優雅に敬礼する。それに同じような優雅さで、東が敬礼を返す。
「暇がなにより、しかし出番があったら全戦全勝がリワマヒですよ。いってまいります」
『リワマヒに暇を、皆様に加護を』
 藩王の隣で、笑いながらそんな祈りを口にし、シコウも敬礼する。二人の姿が、モニターから消えた。同時に、エンジンの音と振動が高まる。
(いよいよだ・・・!)
 さっきの大声のせいか、それとも事ここに至っても未だ消えることのない張りがありつつも和やかな空気のせいだろうか、もう先ほどのような緊張はなかった。一つ深呼吸して、ちひろは時折画像が乱れるようになったモニターに目を向ける。いつか自分も、先輩たちのようにこんな時を過ごせるようになるだろうかと思いながら。
 
 リワマヒ医療部隊を乗せたカーゴはターキッシュバン部隊に守られ、火星の海面に姿を現した『夜明けの船』に向かい、一直線に降下を開始した。

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