ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

アクセスカウンタ

zoom RSS ストーリーによるAマホバリエーションその2 「サクラサクラ」1-2

<<   作成日時 : 2008/01/14 20:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

〜2〜

「‥‥‥なるほど、薬学の範囲が想定より広かったんですか」
 呆れられるんではという密かな不安は、真顔で腕を組んだ島津の様子に霧散した。なんだか胸の苦しい感じがほどけた気分で、ちひろは弱々しくでも笑う事ができた。そうだ、いつまでも落ち込んでいる場合じゃない。
「話を聞いていただいて、ありがとうございました。なんだかすっきりしました」
 そう言って立ち上がる。大きく伸びをすると、冷たく湿った夜風が気持ち良く喉を通った。
「今年はもう無理でしょうから、また来年頑張ります。勝率が上がると思えば」
「なんで諦めちゃうかなぁ」
「え?」
 予想もしてなかった言葉を投げられて、ちひろは振り返る。思いもかけないほど真面目な顔が、ちひろを見上げていた。
「足りてないのは薬学の知識と応用だけなんでしょう? だったら今から頑張って挽回すればいい。他に自信があるなら、諦めなくたっていいじゃないですか」
「え、いや、でも」
 強い調子に戸惑いつつ、ちひろは無意識にゆらゆらと首を振った。
「無理ですよ、だって私住み込みで働いてるんだし」
 働かないけどこのまま住ませてくれなんて、そんな虫の良い事は言えない。貯金だってまだすっからかんのままだ。要するに、試験に専念しようとしたら、生活する術がなくなる。
 先刻承知というように、島津はにっと笑った。
「そんなの簡単です。俺が手を貸しますよ」
「貸すって」
「試験当日まで、俺が貴方の生活の面倒を見ます」
「‥‥‥はい?」
 さらりと口にされた言葉に耳を疑う。口をついて出た問い掛けに、島津は笑って、示そうとするように両手を広げた。
「安く住める部屋も用意しますし、食事も運びますよ。必要な資料も手配します。どうです? それなら受かれる気がしてきました?」
「それは‥‥‥でも」
 確かにそこまで環境が整えば、後は本当に自分の頑張り次第だ。だが、だからといって。
「俺はね、ちひろさん」
 そんな迷惑かけられない、そう言おうとしたちひろの言葉を封じるように、島津は笑顔で一本指を立てて見せる。
「諍い事は好きじゃないけど、勝負事は大好きなんです」
「は?」
「試験なんて、人生かけた大勝負じゃないですか。全力を尽くす甲斐も価値もある。だったら貴方は全力を尽くすべきだし、一緒に戦えるなら望むところですよ」
 冗談なんだろうと思ったのだ。その前の気前が良すぎる提案も含めて。だが、見返した笑顔はなんというかこう、笑ってすませることの出来ない迫力のようなものが渦巻いていた。
「貴方は、何が何でもリワマヒで医者になるんだって言ってましたよね。そのためにここにやってきたって。だったら全力出さなきゃ。それとも、それは嘘ですか?」
「嘘なんかじゃありません!」
 思わず立ち上がって叫んだ。挑発だと判っていても、疑う言葉にはどうしても反発してしまう。思わず鋭くした視線の先で、島津はにやりと笑った。
「なら、やれること全部やらなきゃ。そのために利用できるものは利用する。勝ちにいくってのは、そういうことですよ」
「‥‥‥」
「そもそも俺が利用されたいって言ってんですから、なんの問題もない。だいたい、面倒見るって言ってもたかだか一週間ちょいのことですよ? 一年って言われたらさすがに考えますけど、その程度ならね。気になるなら、受かってからかかった費用を返してくれたって良いんだし」
「そんなの当たり前じゃないですか! すぐには無理だけど絶対」
 パンと手を叩かれて、ちひろはびくりと身を震わせる。にいっこりと、邪気の欠片もない笑みを浮かべて、島津はちひろを見上げた。この状況を心の底から楽しんでいるとしか、思えないような。
「なら決まりですね」
「え」
「今から試験当日まで、俺らは共同戦線を張るっていうことで。まずは家を探してきます。大丈夫、つてはいろいろありますから、女の子の一人暮らしに向いた格安の部屋くらい、すぐに見つけられますよ」
「あ」
「ちひろさんは、店長さんに断りを入れておいてくださいね。明日には引っ越しですから、荷物もまとめておいてください」
「う」
「一週間、頑張りましょうね!」
 ぎゅっと強く手を握られて、反射的に握り返してしまう。
「いやぁ、楽しくなってきたな。それじゃちひろさん、また明日!」
 しゅたっと手を上げて、島津は走りさっていく。あっという間に小さくなった背中から自分の手に視線を落として、ちひろは半ば呆然と呟いた。
「‥‥‥嘘だぁ」


 どこかで電子音が鳴っている。もぞもぞとおこたから這い出て、ちひろは夢うつつのまま目覚し時計のボタンを押した。
「?」
 音は止まらない。小さく唸り声を立てて天板の上の眼鏡を取り、ぼさぼさの頭を掻き乱しながらそれをかける。
「なんだよ、も〜‥‥‥」
 眠りの中に意識の尻尾はまだ浸かってる。座ったまなざしを音源に向けて、ちひろはそれを手に取り、朝6時の表示を確かめてから耳に押し当てた。
「‥‥‥はい」
『ちひろさん? 島津です』
 耳があったらビシッと立っていただろう。眠気は一瞬で吹き飛び、ちひろはジャンプする勢いで正座していた。
「はいっ、おはようございます!」
『おはようございます。あと30分でそっちに着きますから』
「はえ?」
『荷物出来てます? 知り合いから軽トラ借りられたんで、今から運びましょう』
「‥‥‥あ」
『新しい部屋、勝手に決めちゃいましたけどいい部屋ですよ。それじゃまた後で』
 通話が切れる。耳から離したそれを見下ろす。
「‥‥‥嘘ぉ」
 呟いて、我に返る。これは、嘘でも冗談でも夢でもない。島津は本気だ。
 がばっと身を起こす。こうしてはいられない。30分で身支度を整え、荷物をまとめなければならない。昨夜はまだ本当とは思えずにいたから、店長にも挨拶をしていない。一気にやる事が膨れ上がって、頭が爆発しそうだ。
 幸い、まだ住み着いてから日が浅かったせいで、荷物の量は少ないし段ボールも残ってる。慌ただしく服を着て適当に髪を纏めて上げ、ちひろは潰してあった段ボールを組み立てた。片隅に転がっていたガムテープを取って、ふと動きが止まる。
 嘘でも冗談でもなく、自分の夢の為にここまでしてくれる人がいる。だとしたら、自分も覚悟を決めなければ。絶対勝つのだと。
 後の事は後の事で、恩返しできる何かを考えよう。まずは受かる事。自分に出来る全力で、勝ちに行くことだ。
 作った段ボールの箱に、服だの日用品だのを放り込む。ぱたりと閉じた蓋を、ちひろは勢いよく引き出したガムテープで留めた。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ストーリーによるAマホバリエーションその2 「サクラサクラ」1-2 ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる