ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 【中編SS(希望)】とある旅人による、リマワヒ観光記(更に途中)

<<   作成日時 : 2008/01/29 20:20   >>

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 歩いて長城を移動し、途中で銀の街に下りる。目抜き通りの両脇には店舗が建ち並び、行き交う人々であふれかえっている。通る車もタクシーやトラック、軍用とおぼしき無骨な車両もあれば、自転車やシクロまでと様々だ。
「ここはさ。去年戦場になったんだよ」
「去年?」
 人混みを上手にすり抜けながら、リオくんはそんなことを言う。私はそこまで器用に歩くことは出来なくて、どうにも引き離されがちになってしまう。それでもなんとか後をついていきながら、私は辺りを見回した。大きな交差点を見下ろすように、ビルの上の時計塔が時を刻んでいるのが見えた。
「そんな風には見えないなぁ……」
 それでも確かに、歩いていけば妙に新しい建物の固まった区画にぶつかった。まだ建築途中の建物も、ぽつぽつと見受けられる。
「本当だって! すっごかったんだぜ? なんかこう……白い服着たおっさんみたいな面のガキがさ。片腕だけ大きい巨人みたいなの引き連れて」
「ちょっと待って。まさか君たちもその場にいたの?」
 なんだか見てきたような描写に、私は思わず彼の言葉を遮っていた。咄嗟に掴んでしまった腕を一瞬見下ろして、リオくんは不思議そうな顔で私を見上げ、それから焦ったような表情で首を振った。
「違うよ! 俺たちみんな、アサクサの森に避難させられてたよ。そうだったんだって、後で聞いて……」
「そう……なら良かった」
 ほっとして、私は手を離す。彼のような小さい子が戦場にいるなんて、良くないことだ。
「悪かったね、腕」
「別にいいけど……」
「そうか……しかし、それじゃ大変だったんだね」
 改めてその一帯を見回し、私はそう呟く。大変だ、などと言ったところで、実感があるわけではないのだ。私は一度も、戦争を体験したことがない。
「大変だったよ。藩王様が兵隊さんを連れて待ち伏せしてね、そこの長城の上から一斉射撃してね」
 リオくんは踊るような足取りで、一帯をぐるっと取り囲むようにある長城をさした指を動かした。それにつられるように、私も長城を見回した。なんとなく、そのときの様子が伝わってきた。戦術には疎い私だが、上から下への射撃は理にかなっている気がする。
「それで、敵をやっつけたってわけか」
 その言葉を聞いた途端、リオくんは目に見えてしょんぼりと肩を落とした。まさか、負けたのか? だがしかし、だとしたらこの程度の被害で済む筈がない……そう思ったのだが、違うのか?
「……あのね、子供が連れてたでかいのは倒せたんだけど」
「……」
「子供は子供じゃなかったんだってさ。撃った弾を全部弾き返したんだって」
「それは……」
 さすがに言葉を失った。一国の軍隊の攻撃を弾き返す子供……いったいそれは、どういう存在なのだろう。
 こんな話を、リンクゲートを渡ってくる間に幾つも聞いた。いまだに正体の判らない敵が、このテラ領域のそれぞれの国に攻めてきていたのだと。国によっては滅亡の憂き目さえ見たと。
 このリワマヒ国に来た敵も、それと同じ、あるいは仲間なのだろう。
「それで……どうなったんだい?」
 私は恐る恐る、しかし細やかな熱意も覚えた状態で、そっと彼に話の先を促した。
「うん……そいつ、藩王様たちになんか言って、それで消えちゃったんだって」
「消えた?」
「そう。攻撃とかも全然なしで」
「……そうか」
 部下を引き連れて現れて、総攻撃もものともしない力を見せつけておいて、なのに何もせずに帰った? いったいそれはどんな振る舞いなんだ?
 判らない。多分一番簡単な答えは『気紛れ』だろう。だが。
 憂鬱そうなリオくんの表情に、私は思考を中断した。大事なのはその敵に国土を蹂躙されたりせず、みんな無事だということだろう。
「すまなかったね、嫌なことを思い出させて」
 他に言い様もなく、彼の肩に手を置く。リオくんは唇を引き結んだまま、勢いよく首を振った。
「気にしないで、先生。ただちょっと、思い出すと悔しくなるんだ……俺が大人だったら、藩王様達と一緒に戦って、敵をやっつけてやれたのにって」
 リオくんは、その一瞬だけひどく鋭く目を光らせた。それは、戦う人間の目だ。そんな風に感じられて、私は少し悲しくなった。だがきっと私のこれは、自国を攻められたことも脅かされたこともない人間の持つ甘ったるい感傷に過ぎないのだろう。
「……君はきっと、いい兵士になるよ」
 その悔しさを忘れず、必要な知識と知恵を身につければきっと、そうなるだろう。そう思った。同時に、そんな彼が活躍する日がこなければいいとも。
 私の言葉にリオくんはぱっと目を輝かせ、嬉しそうに笑う。多分にぎこちなくなるのは判っていたが、私にはそれに笑い返すことしかできなかった。 

 なんとなく歩く気力を奪われてしまった私をシクロに乗せて、リオくんが向かったのはツキジの市場だった。2階層になった店舗が延々と続く様は圧巻で、観光ガイドにはここで揃わないものは何もないと謳われている。
「凄いね……」
「だろ!」
 圧倒されたあげくに面白みもなにもない言葉を口にした私に、リオくんは得意げに胸を張る。
「ここはね、とっつきに水上マーケットもあるんだぜ? 農園の人とかが獲れたものをリワマヒ川を下って持ってきて、直売りしたりもするんだ」
「へぇ、それは面白そうだな」
「行ってみるだろ、先生」
「勿論」
 確認するような言葉を口にしながらも、リオくんはもうそちらに向かって歩き出していた。勿論私に異存はない。銀の街よりも更に人出が多く、反比例して道は狭い。私は人にぶつからないように注意しながら、人込みに埋もれそうな小さな背中を追いかけた。
 それにしても、なんという多彩さだろう。香辛料の刺激、花々や果実の香気、香水の芳香、料理の匂い、そんなものが鼻腔を痺れさせ、織物の、装飾品の、生花の艶やかさ、解体された家畜の肉の鮮やかな赤、そんな色彩の洪水に目も眩む。店店のほんの些細な隙間も箱を並べた露店で埋められ、細い路地の向こうの暗がりに怪しい誘惑の陰りまでも感じてしまう。
 揃わぬ物はないと豪語するだけのことはある。まるでこの市場だけで、人が一生を過ごすには事足りてしまいそうなほどだ。あと必要なのは産婆と墓石くらいだろうか。
 不謹慎な想像を、頭を振って追い払う。要はそれくらい、扱われている商品が多岐に渡っているのだ。そうして、直中に立っていると正気さえ吹き飛びそうな熱気。
「先生、早く〜!」
 呼び掛けに、はっと顔を上げる。どうやら本当に、この逞しいばかりの生命エネルギーの渦に我を忘れてしまっていたらしい。
「すまない、今行くよ」
 自分の頬を軽く叩いて、私は今度こそ見失わないようにしっかり目を見開き、彼の後を追いかけた。

 人でごった返した道を進んでいくほど、どこからか磯の香りが漂いだして私の鼻を刺激しだしていた。ツキジ市場のどん詰まりは海なのだと、そういえば旅行ガイドには書いてあった。
「あ、いたいた」
 先を歩いていたリオくんが、そんな声を上げて走り出す。さすがに同じように走ることは出来ず、私は彼の背中を目で追う。向かう先に見えるのはカラフルな幟の立つ屋台で、その傍らにいたのは……猛獣とでも素手で渡り合えそうにたくましい、髭面の居丈夫だった。
「……」
 幟に染め抜かれた言葉で、その屋台がコロッケ屋だというのはわかった。が、視覚が捉えた傍らに立つ人物とのギャップが、どうにも納得にまで落ちていかない。ひょっとしてこの屋台の主は何者かに命でも狙われていて、あの居丈夫はそのボディーガードかなにか、なんじゃないだろうか。
「バッドさん! 俺カレーコロッケ一つね!」
 だがしかし、私の現実逃避にも似たそんな想像は、リオくんが気安く話しかけた居丈夫が重々しく頷くにいたって粉砕された。どう見ても斧かなにかを振り回す方が似合う手がトングを操り、ショーケースに並んだたくさんのコロッケから一つを取って小さな紙の袋に落とし込む。
「三にゃんにゃんだ」
 その外見に似合う太くて低い美声が金額を告げる。そこでようやく私は我に返った。リオくんが懐を探り出す前に慌てて割って入り、自分の小銭入れからコインを取り出す。
「いいのかい?」
「ガイドを頼んでいるのは私だからね。私が払わせて貰うよ」
 上目遣いの視線に微笑むと、リオくんは元気よくありがとうと言ってくれた。……さて。
 ほんの僅かの間そうやって時間を稼ぎ、私は現実を直視する覚悟を決めてその男と向かい合う。間近で見ると、その鬼神を思わせる体つきとは裏腹に、こちらを見返す眼差しはどっしりと落ち着いた穏やかなものだった。とにかくも笑顔を向けると、瞳の揺らぎが暖かく応えてくれる。
「とりあえず、彼の分で三にゃんにゃんです。リオくん、お薦めはあるかい?」
 グローブのような掌にまず三にゃんにゃんを落として、私は顔をほころばせてコロッケをほおばっているリオくんに尋ねる。ショーケースに並ぶコロッケはどれも湯気を立てていて、衣の黄金色も食欲をそそられるものだった。
「俺のお薦め? バッドさんのコロッケはなんでもおいしいけど……カニクリームコロッケとか、鱈のコロッケとかが先生にはいいんじゃない?」
 ちょっと気取った言い回しを楽しむように、リオくんはショーケースを指さす。確かに私くらいの歳になると、あまり脂ぎったものは胃に堪える。彼の心遣いをありがたく受けるとして、私はカニ爪がひょっこりと覗いているコロッケをオーダーした。
 私のウエストくらいありそうな太い腕をほどいて、バッドさんは手際よく耐油性の袋にコロッケを入れてくれた。あらかじめ用意していた三にゃんにゃんを手渡し、私はその袋を受け取る。
 彼の手の中では随分と小さく見えたコロッケは、実際にはずっしりと重かった。子供の拳くらいありそうなそれからは食欲を刺激する匂いが漂い、私はカニの爪を避けるようにしてそれにかぶりついた。旨い。
「な? おいしいだろ、先生。バッドさんのコロッケは最高なんだぜ」
 私の顔色を読み取ってか、リオくんは自分のことのように嬉しげに笑う。それに返事をする間を惜しんで、私は頷きつつなおもそれをほおばった。からりと揚がったさくさくの衣の中、とろりと舌にとろけるような食感がたまらない。
「旅行者かい?」
 自然がつがつと食べ進んでしまった私に、バッドさんはよく響く声で問いかけてくる。ぞんざいな言葉遣いも彼の風貌にはよく似合っていて、私はごく自然に頷いていた。
「ええ、昨日この国に着きました」
「そうか。ここはいい国だぞ。まぁ俺が言うのもなんだがな」
 目を細めるようにした彼の一言に、私はまた頷く。その頃には、屋台の親父とは思えぬ巨躯ももう気にならず、どっしりとして人を安らがせる空気ばかりが、心地よく感じられるようになっていた。
 この人の素性は判らないが、体躯からして間違いなくリワマヒの生まれではないだろう。他で生まれ、流れてこの国にやってきた。その人が、この国をよい国だという。朝に出会った奈津子さんもまた、恐らくは過客の身で同じ事を言っていた。
「私も、そう思います」
 口の中のものを飲み込んで、改めてそう口にした私に、バッドさんはやはり重々しく、けれど優しげな目を向けて頷いてくれた。

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