ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 【中編SS】とある旅人による、リマワヒ観光記(ラストです)

<<   作成日時 : 2008/02/05 19:53   >>

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 「展望台」と呼ばれる遺跡最上層からの眺めは見事だった。少しずつ色の違う青が帯状に連なるリワマヒの海は美しく、陸に目を転じれば手前の都市としての建物群と奥の穀倉地帯、果樹園などが、異なる色合いと質感のコントラストで目を楽しませる。そこを切り裂くように走る長城とリワマヒ川もまた、ランドスケープの絶妙なアクセントだった。
 日が暮れるにつれて世界は燃えるオレンジに染まり、緩やかに色を失っていく。絵画のパノラマにも思えるそれを心ゆくまで楽しんで、私たちは日が沈みきる前に外へ出た。
 今日一日だけでも、随分色々堪能した。満ち足りた気持ちでタクシーに乗り込んでホテルまでの道を走りながら、私は改めて道連れになってくれたリオくんに感謝した。そんなたいした事はしていないと照れたようにはにかんで、リオくんはおちつかなげに座席の上でもじもじとする。それを微笑ましく眺めて、私は彼に何かお土産を持たせなければと考える。せっかく一日一緒に過ごしたのだ。記念になるような何かがいい。
 遠慮する彼を連れて、私は銀の街でタクシーを下りた。幾つかの店を覗いて歩いて、良さそうな物を物色する。遠慮はするものの、そこは子供だけあって、面白いものを見つける度にリオくんは目を輝かせた。
 結局買ったのはこの国の王猫タロ八世の横顔が柄に彫り込まれた、銅製のペーパーナイフだった。自分の分も買い求め、お揃いで持つことにする。
「本当に良いのかい、先生」
 手に持って重みや手触りを計るようにしながらも、彼はまだ遠慮深くそう尋ねてくる。
「もちろん。ああ、可愛い女の子ではなく年寄りとお揃いなのは、申し訳ないがね」
 ちょっと茶化した私の返事に、リオくんはぶんぶんと勢いよく頭を振った。
「そんなことない、嬉しいよ、先生」
「そうか。なら良かった。お互い大切にしようじゃないか」
「うんっ!」
 勢いのいい返事に、改めて買って良かったとしみじみする。大事そうにナイフをしまって、リオくんは私の手を引いた。
「な、先生。せっかくだからうちにおいでよ。この貝、一緒に食べよう」
 戦利品を掲げ持ち、リオくんは手を引く手に力を込めてくる。夕食をどうするかは決めていなかったのだが、さすがに昨日も今日もというのは気が引ける。そもそも昨日の歓待自体、私は一銭も払っていないのだ。
「それはさすがに……昨日だってあんな立派なところで宴会までしてもらったしねぇ」
 そう言うと、リオくんはなぜか得意げに胸を張った。
「謁見の間は誰が使ってもいいんだよ。藩王様が開放してくれてるから」
「へぇ、そう……ちょっと待って」
 さらりと言われて流しそうになった言葉を、慌てて巻き戻す。私の動揺を逆に不思議そうにしているリオくんの肩に手を置いたまま、私は彼の顔を覗き込んだ。暑いからではない汗が、背中を伝うのを感じながら。
「昨日の宴会の場所って、謁見の間だったのか!?」
「うん」
 ……なんてことだ。感じた眩暈に思わず額を押さえて、私は激しくなった動悸を静めようと深呼吸を繰り返した。思い出せば確かに、やたら広い上に妙に細部が豪華な作りだなと感じていたのだ、私は。
 謁見の間といえば、通常国家元首との拝謁を行う場所だろう。だが、昨夜のあの騒ぎはそんな厳かなものではなかった。まるっきり普通の宴会だった。
「なんてことだ……」
 あの時の情景を思い出すと、また震えがくる。呟く声もうわずって、自分の声ながら頼りないことこの上ない。
「どうしたの? 先生」
「どうしたって……」
 リオくんには、私の動揺の意味がわからないらしい。それを理解できないのは彼が幼いからなのか。
「謁見の間といえば、普通その国の王様に拝謁を賜る重要な場所だよ!? それなのにあんな風に入り込んで宴会なんて……」
 そう言葉にするだけで、また恐れ多さがこみ上げてくる。リオくんはやや不満そうに首をかしげた。
「だけど藩王様は、誰でも使っていいって言ってたんだ。俺の兄貴とかも、冬なんかはそこでトレーニングとかしてるし」
「トレーニング!?」
 もはやうわずるどころではない。裏返った声で叫んだ私に、リオくんはふと目をすがめてからかうような笑みを口元に浮かべた。
「それに先生、藩王様に会ってるじゃんか、昨日ちゃんと謁見の間でさぁ」
「な……」
 足下が、不意に頼りなくなった気がした。確かに昨日は沢山の人が入れ替わり立ち替わりしていて、その全員ときちんと自己紹介なんて出来なかったけれども。
 あの中に? この国の藩王がいたというのか? そんなバカな。
 ふと、今までにあった人たちが口にした、私には不可解に過ぎる言葉を思い出す。望めばいつでも、王には会える……そんなまさかと、聞く度に自分の勘違いだろうと思っていた言葉だ。
 私の動揺をおもしろがっている目で見上げ、リオくんはいいことを思いついたというようににまっと笑みを深くした。
「なぁ先生。なんならこれから会いに行ってみる?」
「あ、会いに?」
「うん。忙しい方だから、いらっしゃらないかもしれないけど」
 頭がぐるぐるしてくる。彼らの言葉からして、行けばそのまま会うことができるのは確かなのだろう。それがこの国の気風なのだ。それは判った。だが、心の方は容易に説得されてはくれないようだ。心というか、今までの人生で培ってきた常識とか、そういった類いのものだが。
「決まり。行こうよ、先生」
 私が逡巡している間に、リオくんは私の腕を引いて歩き出す。その事も無げな振る舞いからして、彼がなんのプレッシャーも感じていないのは明白だった。当然といえば当然だ。彼もまた、この国の民なのだから。
 おろおろする私の様を楽しんでいるとしか思えない様子で、リオくんは私の手を引き勢いよく歩き出した。

 連れてこられた建物もその内部も、確かに見覚えのあるものだった。改めて見てみれば確かにその辺りの金満家が金に飽かせたような風情とは一線を画しており、どうしておかしいと思わなかったのかと迂闊な自分を責めたくなった。
 そこまでくるとさすがに少し居住まいを正すように背筋を伸ばし、リオくんはしかしためらわずに広間を進んでいく。その後についていきながら、私は昨日は目に入らなかったおかしなものがあるのにようやく気がついた。荘厳な雰囲気とはまるでそぐわない、簡素なプレハブの部屋。薄暗い広間とは違い、その中からは光と、それから楽しげな笑い声が洩れていた。
 まさか……私のそんな呟きに駄目を押すように、リオくんは真っ直ぐにそちらに向かって歩いていく。
「いらっしゃるみたいだ。準備はいい? 先生」
「あ、ああ……」
 今更ながらに中途半端な自分の恰好が恥ずかしくなったが、だからといってどうしようもない。まだ半信半疑の気分のまま、私はせめてもとワイシャツの襟を正し、腰に巻いた布を整えた。黙ってそれを見守っていたリオくんは、私が手を下ろすのに頷き、なんの変哲もない白いドアを叩いた。
「失礼しま〜す」
 まるで学生が教官室に入る時のような、一応畏まってはいるが親しげな声の色だった。中から、どうぞという声がする。リオくんは私を振り向いてにっと笑い、それからためらいなくそのドアを開けた。
「こんばんわ。おや、昨日我が国にお見えになった方ですね。ようこそ、どうぞお入り下さい」
 丸い大きなコタツに座って、こちらを見上げてくる穏やかな微笑に、私は確かに見覚えがあった。その周りに座る人たち一人一人にも、確かに。そしてその記憶は間違いなく、誰も彼もと心やすく楽しく騒ぎあった、昨日の夜のことだった。
 
 ひっそりと静まりかえった深夜のロビーを抜けて、人気のない回廊を通り自分の部屋へと戻る。私はそのままベッドに倒れ込んだ。全身を気怠い熱っぽさが覆い尽くしていて、とても起きあがれそうになかった。シーツの冷たさが頬に心地よくて、そのまま目を閉じる。
 今日一日に起きたことを、鈍った頭でつらつらと考える。宴の余韻で遅く起きて、仲良くなった子供を連れてあちこち見に行って、そして最後に、一国の中枢部にいる人たちと二度目の酒盛りだ。こんな体験、滅多に出来るものじゃない。最後の一つに関して言えば、およそ一生に一度のことだろう。
 歩き回って汗を掻いた。酒もしこたま飲んだ。寝る前にだからせめてシャワーを浴びるべきだとは思ったのだが、もう身体の方が動いてくれそうになかった。まだどこか、雲の上でも歩いているように頼りない感じだ。それでいて、心地よい。不思議な気分だ。
 私の住む国では、とうてい叶わない体験。これをして旅の醍醐味といってしまっていいものか判らないが、これだけは確実に言える。
 この国を訪れる旅人はみんな、私のような体験ができるだろうということだ。心のこもった歓待と、細やかな気遣い。心やすく接してくれる笑顔。マニュアル化されたものではない、もてなしの心がそこにはある。
 休暇はあとまだ数日ある。明日以降の体験も、きっと今日に劣らずわくわくさせられるものになるだろう。未知の楽しみを胸に抱いて、私はゆっくりと夢の世界へ滑り落ちていった。

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