ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 夏の思い出ネタSS -2-

<<   作成日時 : 2008/09/20 22:46   >>

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 次の日、メイとリオはリワを連れてサカサコタツ遺構にある難民支援所に向かった。各国からこの国に流れてきた難民たちは一度ここで登録をすることで、簡易住宅の割り当てや就職の支援、心身のケアなどを受けられるようになっている。リワの場合はリオの父母が当座の身元引受人になったわけだが、もしも彼の本当の 親がはぐれたままこの国にたどり着いていたなら、支援所に必ず登録されているだろう。そのデータを探すのが、目的だった。
 リワが口をきけるのなら、話は早い。けれどリワは未だに一言も口をきこうとはしなかったし、メイが尋ねてもそういった質問に反応しようとはしなかった。よっぽど辛い目にあったんだねぇ、そう言ってメイは早々にリワへの質問を放棄し、難民支援所の行政士官を質問攻めにする方針に作戦を転換していた。対応に出た士官の 女性は、四苦八苦しながらメイの要請になんとか応えようと膨大なデータを検索してくれている。その横で、リワは俯いたままじっと動かずにいた。
 退屈、といえば退屈きわまりない状況に、リオは何度も窓の外へと目を向けていた。真夏の直射日光が容赦なく照りつける広場にはいくつものテントが張られていて、集まってきた人たちに僅かな涼を提供している。最大時には広場を埋め尽くすほどいた人々も、今は百分の一くらいにまで減っていた。支援を受けてこの国に定住 し始めたものもいれば、故郷の国へと戻っていったものもいる。初夏の動乱を越えて、ニューワールドはようやく落ち着きを取り戻してきていた。
 振り返ってリワの様子に目をとめる。時折発せられる質問に、彼は俯いたまま身じろぎ一つしようとせずにいた。まるで彼自身が彫像になってしまったような姿に、なんとはなしに胸がざわめく。
 咄嗟に近寄って、リオはリワの腕を掴んでいた。メイと、机の向こうの士官の女性に交互に視線を注ぎながら、宣誓する。
「もういいだろ。リワ、いこう」
 自分を見上げてくる水晶玉のような瞳に笑いかけ、掴んだ腕を引っ張って立ち上がらせる。その手を離さないまま、リオは呆気にとられたような大人二人に背を向けて走り出した。よろめくようにしながらも、リワが後をついてくるのだけをしっかりと確認して、捕まらないように少しだけスピードを上げる。
 支援所のプレハブを飛び出していくつものテントの間を縫って走り、遺構の巨大な影の中に入ってようやく、リオは足を止めた。辺りにいる難民たちが物珍しそうに彼らを見てはいるが、追ってくる人影は認められない。安堵のため息をついて、リオはリワを振り返った。同時に、掴んだままの腕が急に重くなる。
「あ、あ、ごめん……っ!」
 その場にぺたんと腰を下ろして、リワはぜえぜえと荒い息をついていた。額や首筋を、汗の玉が絶え間なく転がり落ちていく。いかにも辛そうな様子を目の当たりにして、リオの身体に冷たい痺れが走った。
「ごめん、本当に!」
 一晩程度で、あの心身の疲れが取れるはずがない。それなのにいつも遊んでいる友達と同じ要領で扱ってしまった。
「そ、そうだ、水を……っ」
 遅ればせながら彼に必要なものを思いついて、辺りに視線を向ける。どこかに給水所があるはずだ、そう思って。
「ほれ、お友達にこれを」
 突然差し出された水筒に、深く考えずに手を伸ばす。
「ありがとう! リワ、これ!」
 受け取った水筒をリワの手に押しつける。さすがの彼も、このときばかりは乏しい動きが嘘のような必死さで、水筒をあおった。勢いがつきすぎてか、途中でげほごほとむせ出す。ハラハラと様子を見守っていたリオが手を出す前に、浅黒い大きな手が伸びてきて小さな背をさすりだした。
「大丈夫、まだあるから、ゆっくり飲みなさい」
 優しげな声に腕を辿るようにして相手の顔を見上げる。そこにあるほっそりとして髭を生やした穏やかな顔に、リオは思わず声を上げていた。
「モシンさん!」
「ええ、こんにちは」
 目を細めるようにして、モシンはリオに笑いかける。は、と思い立って最初に水筒を差し出してくれた人の方に視線を向けると、そこに立っていたのはやはりエキゾチックな装いの優しげな風貌の男性だった。
「サウドさんも、こんにちは。二人とも、ありがとう」
 未だに涙目のまま身を丸めているリワに変わるように、リオは二人にぺこりと頭を下げた。
「気にせんでもええ。それよりこの子も、随分痩せてしまっておるなぁ。しっかり食事は摂っておるのか?」
「えっと……昨日からは俺の家でちゃんと。それより前は……」
 改めて伝えようとすると、リワのことをなにも判っていないことに気付く。昨日会ったばかりでリワの状態も状態だ。仕方ないとはいえ、少しもどかしい。
「そうですか。でもまぁ、この国の食事はおいしいですから、すぐ元に戻りますよ」
 どこか安心を誘う笑みを浅黒い顔に浮かべて、モシンはリワの頭をゆっくりと撫でた。ようやく落ち着いたらしいリワは、そっと顔を上げてそんなモシンを見上げている。相変わらず表情に変化はないけれど、心なしか和らいだ雰囲気が漂っているように感じられた。
 ふと、思い出す。モシンは以前ISSという組織にいたのだと、そんな噂を聞いたことがあった。セキュリティサービスといってもただの護衛ではなく、誘拐や暗殺といった物騒な状況にも対応していて、モシンはそこの優秀なエージェントだったと。
 腰に下げたままのリワの宝物が、急にずっしりと感じられた。セキュリティサービス、という仕事とこういった探し物のような用件は、まったく違う話かもしれない。だけどもしかしたら、モシンならなにか知っているかも……知らないとしても、これがなんなのか突き止めるためにするべき事を、教えてくれるかもしれない。
 思いついた考えにいそいそと像を取り出そうとして、リオははたと手を止めた。好奇心に駆られてつい先走りかけたけれど、この像はリワのものだ。その上、昨日はメイに見せるのさえ嫌がる素振りを見せていた。訊くならまず、彼にそうしていいか訊いてみないと。
「リワ」
 名前を呼んで、彼の視線が巡ってきたところで腰に下げた袋に触れる。言葉のないメッセージは、それでもきちんと届いたようだった。一度かしげられた首が戻って、彼は小さく頷いた。あっさり出た許しに、逆に昨日のあれはなんだったんだろうという気分になりかかったが、彼の気が変わらないうちに話を進めてしまうべきだと自分に自答して、リオは袋から木彫りの像を取り出した。
「モシンさん、サウドさん。訊きたいことがあるんです」
 大人たちに呼びかけると、彼らはふと顔を見合わせてリオに向き直った。話を聞く体勢を見せてくれた二人の前に、リオは木の像を差し出す。
「これ、リワが持っていたんだ。リワは今なんにも喋れないでいるんだけど、これはリワにとって大事なものみたいで……二人は、この像になにか見覚えってない?」
 二人はしげしげとその像を見つめ(不思議なことに、二人ともそれを手に取ろうとはしなかった)、ややあってからサウドが口を開いた。
「精霊の像じゃな」
「精霊?」
「ああ。万物の事象を司る何らかの働きをなすものの姿を、祈りと共に彫った像じゃよ」
 難しい言い回しに、リオは無意識に顔をしかめて手の中の像を見下ろす。
「ふぅん……」
 なにかよく判らないけれど、由緒正しそうなものだというのは判った。だが、それをどうしてリワが持っているのか。いや、正確に言うと持っていたわけではないのか。川の中に生えた木に引っかかっていたのを、彼はじっと眺めていただけだ。それを取り戻せなければてこでも動かない、そんな意思だけで、あの場所にいた。そうでいながら、彼もまたこの像には触れようとしないのだ。
 そっと視線を向けて、リワの様子を確かめる。無表情にはなんの兆しもなく、サウドの指摘にさほど驚いた様子もない。リワは、サウドの口にした内容を知っていたのだろうか。
「……マジックアイテムめいたものであるのなら、エキスパートがこの国にはいるじゃないですか」
 聞き手の記憶を喚起するような、静かで深い声でモシンがサウドに笑いかけた。一瞬の間をおいて、サウドが破顔する。
「そうじゃったな……シンさん、おるか? ちょっと知恵を借りたいんじゃが」
 当の本人がすぐ側にいるかのような、普段通りの声量での呼びかけに、リオはなんとなく辺りをきょろきょろと見回してしまう。シンさん、というのならば、いつも鮮やかで大仰な仮面を被っている青年のことだろう。なんでも偉大な魔法使いの一人だという噂だが、しかし。
「呼びましたか、サウドさん」
 サカサコタツ遺構の太い柱の影から、いかにも重たげな仮面を被ったほっそりとした姿の青年が現れる。一瞬前までは、人の気配さえしなかった場所だ。
(えっと……)
 多分きっと、深く考えない方がいいに違いない。
 重力の影響すら受けていないようなするするとした足取りで近づいてきたシンは、リオの手に握られた木像に心を引かれたように視線を落とした。仮面の奥の澄んだ瞳が、ふと細められる。
「それのことなんじゃがな、一体どういう来歴のものなのか、なにを祀ったものなのか」
「……ええ、判りますよ」
 細く潜められた声が、サウドに皆まで言わせずに紡ぎ出される。こんなに暑い日の盛り、しかも日差しを遮るものさえない場所なのに、不意に周囲に冷ややかな空気が流れ込んできたような気がして、リオは思わず辺りを見回した。手の中の像が、なんだか重たく思えてくる。
「……!?」
 服の裾を掴まれた。はっと振り向くと、自分の後ろに何故か隠れるようにして、リワが身をちぢこませていた。無表情は崩れ、変わってそこにあるのは強い緊張に強ばった白い顔だった。
「リワ?」
 一体いきなりどうしたんだろうと思いながら、そっと背後の少年に呼びかける。怖がらせないように、安心させるようにと、出来るだけ優しい声で。ぱちぱちと瞬いた視線が、リオを真っ直ぐに見返す。
 ふと、辺りにあったひんやりとした空気が霧散した。なくなってしまえば、それは気のせいだったんじゃないかと思えるほどに、辺りの熱が余すところなく身体を包み込んでくる。
「……ですが、話すことは出来ません」
「え?」
 予想外の返事に、リオはシンを振り返った。
「それって、どういうこと? ……ですか?」
 少々たどたどしくなってしまった問いかけに、仮面に覆われていてもはっきりと微笑んでいると判る気配を漂わせて、シンはゆっくりとした動作で肩をすくめた。
「その像によって祀られているものが、僕に正体を明かされることを望んでいないからですよ」
「望んで……ない?」
「明かされること自体は望んでます。ですが、それを僕が口にするのは……そう、フェアじゃない」
 ぴんと人差し指を立てつつもよく判らないことばかりを、シンは口にする。フェアじゃない、なんてどういうことだろう……意味がわからず、リオは自然きつく眉根を寄せてしまう。
 とはいえ、いくら考えても、その答えは出てきそうにはなかった。目の前の、涼しげな口元の青年からは、きっとどんなに望んでもそれ以上の答えは得られないだろう。だとするのなら。
「……なにか、俺に出来ることはある?」
 この像が、精霊をかたどった像だというのは判った。それ以上のことはよく判らないし、リワとの繋がりがどんなものなのかも判らない。だけど、シンの口にした「望み」というのが気になったのだ。よく判らない誰か、またはなにかの望み、それを叶えることは、リワにもいい影響を与えるのかもしれない、そう思ったから。
 リオの問いかけにもっとはっきりとした笑みを浮かべた口元が、緩やかに開かれる。
「さしあたっては、なにも」
「なにも?」
「物事には時期というものがあります。遅くなるのも良くないですが、早まってもいけないんですよ」
「……」
 噛んで含めるような口調で、告げられた言葉はやっばりうまく飲み込めない。だが、偉大な魔法使いと言われる人の言葉だ。自分には判らないなにかを知っていることも含めて、歯がゆいけれども頷くしかないんだろう。
 渋々、という態度をどうしても匂わせてしまいながら頷いたリオに、シンは仮面の奥の目を細めて笑った。ふと見回すと、モシンやサウドも同じような笑みを浮かべている。それがどうにもくすぐったいというか居心地が悪い感じを覚えてしまって、リオはリワの手を掴んだ。いささか行儀が悪いけれど、さっさと退散してしまおう。
「ありがとうございました」
 それでも、親身になってくれた事へのお礼に頭を下げる。今も自分の後ろに隠れたようにしているリワも、リオに習うように頭を下げた。
「ああ、一つだけ」
 そのまま走り出そうとしたリオは、唐突に声をかけられてたたらを踏みかけた。振り向いた視線の先で、シンが思わせぶりに人差し指を立てている。
「まずは、その新しいお友達と、たくさん遊ぶといいですよ」
 これも一つのアドバイス、なのだろうか。その前までとあまりにもかけ離れた、そして当然そうしようと思っていたことを言われ、リオは返事も忘れてシンの顔を覆う巨大な仮面を見上げてしまう。
「そうじゃな、それがいいじゃろう」
「ええ」
 傍らでやりとりを見守っていた二人も、涼しげな笑みを浮かべてシンの言葉に同調する。両者の面に浮かんでいる笑みは、こちらの面はゆさを加速させるのには十分なもので。
 開いた口から応えを発することがうまく出来ず、その代わりのように勢いよくもう一度頭を下げ、リオはリワの手を引いて、今度こそ後も見ずにその場から逃げ出した。


 さっきの反省をふまえ、今回はいくらも行かないうちに足を止める。少し息を荒げてはいたけれど、今度はリワもその場に崩れ落ちるようなことはなかった。
「これからどうしようか……」
 彼に尋ねる、というわけでもなく、リオはリワの手を握ったまま呟く。後で死ぬほど怒られるだろうけど、今母親のいるところに戻る気はなかった。だからといって、ここにいても仕方ない。
 手を繋いだままのリワは、やはりなにも喋ろうとはしない。大きな目でリオを見返してはいるものの、その目になにがしかの希望の色なども浮かんではいなかった。かといって、空虚にも見えない。澄んだ目を見返して、リオはうん、と一つ頷く。なんとなく、頼られている気がしたのだ。
「一度街に戻ろうか。あ、お腹空いてない? 途中で市場に寄っていこう。うちの国にはさ、おいしいものがいっぱいあるんだ。あそこならリワの気に入るものもあるよ、絶対」
 そう言いながら、彼の手をそのまま引いて連絡船の乗り場へと向かう。素直に後について歩きながらリワはほんの僅か考える素振りを見せ、それからこくりと頷いた。それだけで、なんとなく嬉しくなってしまう。にこーっと笑いかけると、おずおずといった風情で、血色の悪い口元がほころんだ。
「よし、いこう!」
 きつくなりすぎない程度にしっかりと手を握り直し、リオは先に立って一層勢いよく歩く。嬉しいと思うのは、たった今の笑顔のせいでもある。それから、まるで自分が兄になったような気がして、それもなんだか嬉しいのだ。
 今は家にいない年の離れた兄が、自分を可愛がってくれたことをリオは覚えている。あんな風に、誰かにしてあげたいと思っていたのだ。リワが寄る辺ないまま今ここにこうしていて、さっきみたいなただ一心な目を自分に向けてくれるのなら。
 いくらでもその期待には応えよう、そんな風に思って、そのことがとても、嬉しかったのだ。

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