ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 矢上ミサ@鍋の国様からのご依頼のSS

<<   作成日時 : 2008/11/24 18:46   >>

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 ザル、ワクを飛び越えて、いっそ血液の代わりに酒精が回っているんじゃないかと思えるような人物まで、自分の回りには様々にいた。別に感謝するようなことでもないが、お陰で随分とアルコールには強くなった。
 かといって、それほどアルコール自体が好きなわけではなかった。回りの酒豪達につきあわされてほぼ毎日摂取するような時期もあったが、誰もいない時間に一人でたしなもうと思うことはなかった。彼らのせいで、酒は誰かと飲むものという認識が自然と出来てしまったせいかもしれない。誰かと、陽気に、楽しく飲むものだ、と。


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 一人の夜というのは案外もてあますものなのだと、気がついたのはごく最近の話だ。夜明けの船に乗っていた頃やサラリーマン時代は常に誰か周りにいて、昼だろうと夜だろうとのんびりとした時間など味わいようがなかった。穏やかにのんびりと、誰に気兼ねなく過ごす時間というものに、ささやかな憧れがないでもなかったのだ、あの頃は。
 いざそういう境遇になってみると、これはこれで妙に頼りなく味けない感じのするものだ。今傾けている、このグラスの中身と同じように。
 その時の気分、雰囲気、側にいる人物によって、酒はいかようにも味が変わる。甘かったり、辛かったり、苦かったり……旨いまずいもその時折々の世界の波紋によって感じる機微だろう。それでいうのなら……今のこれはまさに気分そのまま、まるで水を飲んでいるようだ。
 それでも独り黙々と摂取し続ければ、次第に酒の効用は身に立ち現れてる。体が熱を帯びて、酩酊感に五感は揺らぎ、気怠さと穏やかさが同居した不可思議な心境。
 今ここに彼女がいれば……そう思わずにいるのは、難しかった。心の枷が外れれば、思いは簡単に一番の望みへとなだれ込んでいく。独りの夜の長さを紛らわすために飲んでいるのにそれではまるで本末転倒なのだが……どうしてか、ならば止めようという気にはならなかった。酩酊の内にやってくる面影でさえも、稀少と感じているからかもしれない。
 ただ逢いたかった。逢ってどうこう……というのではない。無論考えてない訳じゃない。どころか、あれもしたいとか、こんなこともしてやりたいとか、愚にもつかないことばかり考えていると言ってもいい。ただ、そういうあれやこれやを全てふりほどいていくと、逢いたいという感情だけがむき出しで残るのだ。
 その想いを掌で大事に転がすようにして、ただ酒を飲み続ける。飲むほどに、酔うほどに、頭の中に鮮明さを増していく愛しい人の姿を追いかける。心の中でだけなら、いつでも逢える。長い時間に降り積もった沢山の思い出が、それを可能にするのだ。
 楽しげな足取りが、彼方から近づいてくる。聞き逃しも聞き間違いもしようのない、それほどに心に刻まれた足音だ。その足取りの中に悲しみの色が入り混じっていないか、耳を澄ませてしまうのも、もう癖になってしまった。彼の恋人は負の気配を出来うる限り殺そうとする。それを咎めたり無理矢理吐き出させたりする気は毛頭ないが、だからといって放っておく気も、当然ながらない。
 はたはたと近づいた足音が、すぐ近くで止まる。感じた視線に顔を上げれば、赤い顔をした彼女がじーっとこちらを見つめていた。視線が絡んだ瞬間に、ぱあっと浮かぶ笑顔が愛らしい。頬の赤みが飲酒によるものだとすぐに気づいて、いささか残念に思ってしまってから、残念ってなんなんだと自分に無言の突っ込みを入れて。
 明るい笑いの中にある、こちらを気遣う気配。二言三言と交わす間に、ふと心情を吐露してしまう。ああ……酔っている、確実に。だがそれは、彼女も同じことだ。そして、酔っていても変わらない自分たちの意地の張り合いに、口元は甘くほころんでしまう。
 ソファの座り位置をずらして場所を空けてやれば、早くも手酌でグラスを満たした彼女がいそいそと隣に座ってくる。ふわりと、甘酸っぱいような香りが立ったのが、いささか麻痺気味の鼻でも判った。問いかけにはしゃいだ声を返す彼女に笑って、勧めには首を振る。香りだけでも、それは自分には甘すぎる。この香りをまとった彼女は、とても魅惑的だとは思うが……。それ以上の思考を強制的にシャットダウンして、代わりにと袋から出してくれたカップ酒を受け取り、封を開ける。
 乾杯の声に、彼女は明るく唱和してくる。普段以上に軽やかなその素振りに一瞬心配が胸をかすめたものの、酔っているならこんなものなのかもしれないと思い直し、つまみのチップスの袋を開ける。酔って陽気になるのなら、悪い酒ではないだろう。
 ふと、肩に重みがかかった。ソファの縁に両足を引っかけるように身をちぢこませた彼女が、こてんと身をもたせかけてきたのだ。甘い香りが強くなって、一瞬手が止まる。両手でグラスを包み込むように持った彼女は、くすくすと笑いながら少し前のこちらの考えをなぞるような問いかけをしてきた。こんな風に、互いの意識がシンクロしているんじゃないかと思うことは良くある。それは気恥ずかしさと温かさが混じり合う、なんともいえない感覚を呼び覚ます。
 肩を抱くようにして、顔を近づける。いっそう強くなった甘い香りに包まれたまま、彼女はくすくすと笑った。その空気に当てられたわけでもないだろうけど、口に含む酒までまろやかな味に変わったような気がした。
 ぽつりぽつりと言葉を交わす。すり寄ってくる温かい体を抱き寄せ、腕を回して抱きしめる。互いの目を覗き込むようにして真意を探ってしまうのも、いつものこととはいえる。どうしても意地の張り合いめいたやりとりをしてしまうのは、多分夜明けの船での記憶が強く影響しているのだ。その内に宿す魂の形を見誤ることはないにしても、やはり視覚情報というのはある程度思考をブロックしてしまうものだから。
 酔いが加速してふわふわと浮遊し始める意識に、言葉は次第に蕩けて意味を喪っていく。その響きと抑揚だけが、一人歩きして愛を奏でていく。他愛もない言葉、意味をなさないやりとりの反復、それこそが、愛を告げ合うメロディだ。醸し出されるエッセンスは柔らかに広がって空気に溶けゆき、触れることはかなわないけれど、確かに自分たちを包んでいる。
 膝の上、もたれる体、触れあう肌の感触と温もり、互いのまとった香りに酔って、抱きしめる腕に溺れて。指先のダンス、ユニゾンする笑い声、混ざり合う吐息、感じる命を刻むビート。
 とりとめもなく、思う。この手を離したくないな、と。ただ逢いたいと思った時と同様、自分の本当の望みは、いつだってとてもシンプルだ。彼女の体を抱いたこの腕を、ほどきたくない。ずっと、ずっとずっと、こうしていたい。そんなことは不可能だと判っていながら、望んでしまう。
 ただの人間には届きようもない、永遠こそは神の領域。そうだとしても、だからこそなおさら、胸が苦しいくらいに望んでしまう。
 そんな望みを生み出す想い、その中心にいるのは、今腕の中にいる彼女。自分の中に、こんな想いもあるのだと教えてくれた人だ。彼女がいるから、流れ落ちていく時間全てが愛おしい。いずれは時の彼方に消えていく、陽炎のような存在全てが、たとえようもなく愛おしい。
 唇で触れあって、目を見交わして、いつか消えてなくなる時間だとしても、今この瞬間だけは彼女こそが自分の全て。抱きしめて、目を閉じて、甘い香りに包まれて、このまま眠ってしまえたら。
 そう言葉にしたら、きっと彼女は笑って、甘い声でバカねと言うだろう。それでもいい。賢い恋愛なんて、あり得ないだろう。


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 目が覚めると、もうそこに彼女の姿はなった。しんと静まりかえった空間は、彼女がここからいなくなってしまったことを雄弁に語っている。もぞ、と動いて、抜けてくれない気怠い感じに、彼は無意識にうなり声をたてていた。
 温かな感触は、毛布が掛けられているからだ。床の上も綺麗に片付いていて、最初から何もなかったような気持ちに襲われる。まるで夢の手枕だ。独り酒の夢うつつに、浮かされて見た幻想だ。
 本当に来てくれたとは、判っている。でなければ、このブランケットもあり得ない、床が片付いてるわけもない、そして、甘い香りが部屋を満たしているはずがない。
「随分と……」
 色っぽい置き土産だ。だからこそ尚更に、夢のように感じてしまうのかもしれない。
 回らない頭でどうしようかしばし考えて、再びブランケットをたぐり寄せるようにソファに身を伏せる。ちゃんと疲れを癒したいならベッドに移って寝るべきだとは判っていたが、ここを離れる気にはならなかった。
 身を横たえるには少し長さが足りていないし幅も窮屈だ。マットも硬すぎるし頭に敷いているのはただのクッションだ。きっと次に起きた時には体を痛めているだろう、それでも。
 彼女がまとっていた香りが残っている間は、ここで眠りたい。
 朝が来るまでは……そう念じる心も再び夢へと溶けて流れていこうとしている。無意識のうちに淡い微笑みを口元に漂わせて、彼は落ちていく感覚に身をゆだねた。

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