ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 月光ほろほろ@たけきの藩国様からのご依頼SS-2

<<   作成日時 : 2009/03/26 06:22   >>

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 雲の上を歩いているよう、というのは、今のような状態を指すのだろうか。ふわふわと頼りなげな自分は、地面の五センチほど上に浮かんでいるみたいだ。
 それでいて、この圧倒的な多幸感と万能感はどうだろう。今なら、世界すべてを敵に回しても勝てそうな気がする、いや、きっと勝てる。
 ああでも……陽子はそっと手を胸に押し当てて、周り中を微笑まさずにはいないような、愛おしさに満ちた柔らかな笑みを唇に浮かべる。わずかに俯きがちな眼差しは慈愛に彩られ、怯え泣く子供にさえその膝で優しい夢を見させてしまいそうなほどに温かな輝きを、辺りに振り撒いていた。
 もちろん……笑みを絶やさぬ唇が、小さく動いて音のない呟きを漏らす。
 もちろん、あの人は例外だ。あの人の前にあってはこの膝は常に折られ、あらゆる武具はその役目を果たさずに足元に落ちて朽ちていくだろう。
 今となっては思い出すのも恥ずかしい些細な遠回りもあったけれども、それはもう過去のものとなり、今の自分は彼によってもたらされた幸せに頭まで浸かっている。これは夢だろうか、時折そんなことを思っては、それでもいいから一生覚めないで……そう、冷たく疼く胸を押さえて願ってしまうのだ。もちろんそんなことを口にすれば、彼はいつもの朗らかな笑い声を上げ、自分の顔を覗き込んで言うだろう。夢じゃないよ、ヨーコさん、と。
 そう思っただけで、彼に逢いたくて堪らなくなる。惜し気もなく向けられる笑顔を、放射される熱を、全身で浴びたくて仕方なくなる。その熱だけが、胸に埋め込まれた氷のような刺を溶かしてくれるから。


 彼の国に呼ばれたのは初めての事で、それだけでも心が躍った。彼が選び、愛情を傾けているだろうその場所を、この目で見ることが出来るのだ。彼が愛する国ならば、そこは自分にとってもホームになるだろう。そう思うと嬉しくてドキドキして、前の日はよく眠れなかったくらいだ。
 足を踏み入れたその国は、NWの多くの国がそうであるように荒廃し、しかし再生を果たそうという人々の意欲と活気に満ちていた。人々の心が荒廃していなければ、国に真の滅びはない。彼が愛する所以を感じた気がして、陽子はもっとよく見てみようと辺りをきょろきょろと見回した。
「初めて、かな? たけきのに来るのは」
「はいデス」
 傍らに付き添うように立つ愛しい相手からそんな声をかけられて、はっと我に返る。子供みたいにうきうきとはしゃいでいた姿を見られていたかと思うと、なんだか恥ずかしい。
 ほんの少しだけ不思議そうな顔を見せて、それから彼は彼女が心から愛するお日様のような笑顔になった。
「恥じ入ることなんてないよ。胸を張って」
 そんな促しに、なにも言えずにただ頷く。
「陽子さんがウチの国に来てくれて嬉しいよ。俺、この国好きなんだ」
 すぐ前までの自分と同じように辺りを見回して、ほろほろがまたにっこりと笑う。この人は……その笑顔を見上げて、陽子は無意識のまま左胸の上を押さえた。この人は、ためらいなく、衒いなく、愛情を表す。まっすぐでいながら慎ましやかな熱は、ただ降り注ぐだけのものだ。ただそこにあって、惜しみなく与えられるだけのもの。
 胸に突き上げてくる思いを堪えるように、胸元を押さえた手で拳を作る。私は、この人と、この人の愛するもの全てを守りたい。
「が、がんばりまス」
 思わず高転びの勢いで駆け抜けた言葉に、ほろほろはあははと明るい笑い声をたてた。きらきらと光こぼれ落ちるようなその響きに、陽子はそれだけで胸が苦しくなる。幸せでも苦しいことがあるなんて、彼がいなければきっと知らなかった。
「頑張らなくても良いよ。そのままの、いつもの陽子さんが大好きだから」
 さらりと示された愛情に、ぼっと顔が熱くなる。自分にも当たり前のように降り注ぐ優しい熱に、まだ慣れない。そして、慣れたくない、そうも思ってる。
「ふふ。ウチの国はちょっと前に『恋愛に呪われた国』なんて言われててね。そしたら藩国民が祈りを捧げてくれたんだって」
「すみません・・・」
 咄嗟に謝ってしまったのは、かつてあった行き違いの記憶が脳裏をよぎったからだ。あの時自分は死にそうに辛くて、だけどそれは彼も同じだったとあとで知った。呪われたが故なんて思わないけれど、もう二度とそんな思いを味わって欲しくない。
 つい俯いてしまった視界に、大きな手が滑り込んでくる。悄然と落ちていた彼女の手を、その手はためらいなく握った。
「なんであやまるのさ」
 しっかりと、でも痛いと感じるほど力がこもっているわけでもなく、大きな手は陽子の手を優しく揺らす。
「藩国民の優しさがある国だって言いたかったんだ」
 柔らかな声には確かに、彼女の手を包み込むそれと等質の温もりと、誇らしげな喜びの香りがした。思わず微笑んで彼を見上げれば、眼を細めるようにした笑みが返される。
 それから、ほろほろは急にぴっと背筋を伸ばし、妙に落ち着かな気な風情であたりをきょろきょろと見回した。無精髭の生えた頬にさっと朱が走るのが見て取れて、陽子は無意識に首を傾げてしまう。突然どうしたのだろう……何かあったのだろうか、疑問が不安へと変わる前に、一つ咳払いした彼は答を彼女にくれた。
「今日は陽子さんに指輪を、その、贈りたくて…」
 言葉が胸に落ち、遅れてその意味が波紋を描くように広がっていく。彼の頬の色が、今きっと自分の頬にも移っている。顔の熱さを自覚しつつ、陽子はぎこちなく頷いた。
「ペ、ペア、ですか?」
 思わずそんな質問……というか、念押しをしてしまう。他にはあり得ない、判っていても……彼の口から聞かなければ、それは真実になり得ない。一番重要なことを口に出来たからか、顔の赤みは引かないままでも、ほろほろは多少余裕を見せるように笑顔になった。
「もちろん。指輪があればプロポーズできる…から」
 プロポーズ、の一言に、顔がますます熱くなる。けれどその熱さは、恥ずかしいくらいに溢れてくる喜び故でもあった。父と母の間にあった別たれがたい深い愛情の絆。その姿を誇らしく羨ましく思いながら、いつか自分にもそんな人が現れるだろうかと密かに胸を高鳴らせていた。
 子供らしく漠然と思い描くだけの希望だったものが、この上ない人によって成就する……かもしれない。幸せだった。
「はい」
 喜びと愛情と感謝を滲ませて、それでも口に出来るのは小さな小さな一言。不器用な陽子に、ほろほろは絶えない笑顔を向けたままうんと頷き返した。
「じゃあ、いこうか」
 そういって彼は、出しかけて引っ込めようとした陽子の手を取ってしっかりと握り、エスコートするように僅かに先に立って歩き出した。包み込まれた手のぬくもりに確かにどきどきもしているのに、どうしてこんなに安心してしまうのか。
(好きです……大好きです……)
 とりとめもなく心を乱舞するこの言葉が、繋がった手から伝わるだろうか。恥ずかしいと感じつつも、そうだといいと、心から思った。


 宝石店は、多くの人でごった返していた。途中はぐれたりしながらもようやく目的の売り場に辿り着き、二人は並んでショーケースと向かい合う。ライトが当たってきらきらと輝くリングはどれもが美しく、陽子はうっとりとそれらに見入った。こういったもので身を飾ることにさほど関心はなかったけれど、これから選ぶリングは、特別なものなのだ。
「…ええと、実は装飾具関係は全く分からないんだ。陽子さん選んでもらって良い?」
 彼女と同じように言葉もなくそれに見入っていたほろほろが、ややあって気恥ずかしげにそう告げてくる。同じように顔を赤らめて、陽子は小さな声で答える。
「私も・・・あんまり・・・」
 せっかく訊いてくれたのに、こんな答えしかできないなんて……と、僅かに凹む。女なのにこういうことに詳しくなくてごめんなさい、そう謝りたくなった陽子に、ほろほろは屈託のない笑顔を向ける。
「じゃあ店員さんに聞こうね。悩むのも素敵だけど、二人の時間がもったいない」
 さらりと言われた言葉に陽子がまた顔を熱くしている隙に、ほろほろは手を挙げてショーケースの向こうの店員を呼び寄せた。彼と店員がやりとりを交わしている間、陽子はショーケースの中を覗く素振りで俯いていた。自分と彼が将来を誓い合った恋人同士だと人から見られている、そう思っただけで、どうにも、恥ずかしくて。
 ああでも、本当に綺麗だ。こういうものをじっくり見るのは初めてだけど、これだけ美しいものならば、他の娘達が夢中になってしまう気持ちも判る。
 沢山の輝きの間をさ迷う視線は、ごく自然に二人に似合うデザインを探してしまう。誓いと契約の指輪ならば、あまり無骨なデザインでは興ざめだ。けれど、自分も彼も大柄な方だから、華奢で繊細すぎるデザインでは今ひとつミスマッチだろう。それにあまり派手なものでは男の人につけてもらうのには向いていないだろうし、どうせならずっとつけていて飽きないものがいい。だって一生、この薬指にあるものなのだから。生涯を共に歩む存在ならば、シンプルで飽きがこなくてずっと愛着がもてるものがいい。
「陽子さん、指輪は銀色、金色どっちが好き?」
 そんな風に色々思いを巡らせていたところで不意にそんな問いかけを受け、陽子は息を詰まらせた。振り向けば、細められた眼がにこりと微笑みかけてくる。答える言葉が上擦りどもってしまい、陽子はまた頬を赤らめて俯いてしまう。
「金を教えてください」
 隣からは店員と受け答えするほろほろの声がして、その揺るぎない落ち着いた感じに自分の狼狽えぶりを顧みてなおさら赤面がひどくなる一方、彼の頼もしさを感じてどきどきもしてしまう。というか、だんな様、だんな様って……! 体の奥からじわじわと広がっていく甘いうずきを一人で堪えることは到底不可能で、陽子は気づかれないようにそっとほろほろの服の裾を掴んだ。
「宝石は何を? 結婚指輪でしたらダイヤがございます」
「どれも綺麗だね。陽子さん、どれが好き?」
 ビロードの台に乗って差し出されたリング達に、陽子は促されて視線を注ぐ。様々なデザインの施されたリング達の中に、先ほど目をつけた中の一つがあるのを見て取って、陽子はそれをそっと取り上げた。ゴールドの細く円やかなラインは優美で、ほんの僅かふくらんだ箇所に慎ましやかに埋め込まれた輝きは、複雑なカッティングを示すように光を反射してきらきらと眼を射た。これならば、彼の指に嵌っていてもなんの違和感もない。台座に乗っているタイプと違い、何かしていても宝石が邪魔になることもないだろうし。
「これ・・・が、いいです・・・」
 告げる声が、自然とごく小さなものになってしまう。自分の選択は間違ってないだろうか、彼はいいと言ってくれるだろうか……無意識に伺うような視線を向けてしまった陽子に、ほろほろは笑顔で頷いた。
「分かった。おいくらになりますか?」
「5万わんわんになります」
 店員がこともなげに口にした金額に、陽子は驚愕した。ひやりと、冷たい何かが胃の底あたりを撫でる感覚に震える。そんな高いもの、ねだるわけにはいかない。結婚指輪は二人の誓いの証……とはいえ、とはいえだ。
「もっと安いので・・・」
 そおっとビロードの台にリングを戻そうとした手を、横合いから伸びてきた大きな手が止める。上目遣いに見上げれば、そこにあったのはいつもと同じ、彼女の大好きな笑顔だった。
「いやいやいや」
 壊れ物にするように柔らかく手を握られて、陽子は視線を指先につまんだままのリングへと向ける。そんな風に微笑まれると困ってしまう。もう今では、彼とのことに関して言えば、自分の気持ちを止めるのは本当に難しいことなのだから。この人は、こんな風に自分の我が儘を許してはいけない。いけないのに。
 改めて見れば見るほど、このリングは自分たちにぴったりな気がする。そんな風に感じてしまうのが恐ろしい。だけど目が離せない。心の中で声がする。もし、これがいいのだと心底そう思っているものを手放してしまったら、その代わりの何かを手に入れたとしてもそれで満足することなんて出来ないんじゃないの? だって「代わり」って時点でもう、本物ではないと自分で判ってしまっているんだから。
「これで、いいですか?」
 おずおずと、尋ねる声が震える。こんな高いものをとどうしても考えてしまう気持ちからなんとか目をそらし、追いかけてくる罪悪感にも目を閉じる。我が儘かもしれない。いいや、我が儘だ。だけど、彼との間を繋ぐものは、本物がいい。一番相応しいと思えるものを手に入れたい。
「うん」
 当たり前というように頷いてから、ほろほろは陽子の顔を覗き込むようにして、もう一度頷いた。彼女の中に渦巻く葛藤を、見て取ったかのように。
「じゃあ、付けてみて決めよう。店員さん、付けてみていいですか?」
「よろしゅうございますとも」
 笑顔で頷いてくれる店員が、女神様に見えた。ほろほろが小さい方のリングを手に取り、陽子の左手を逆の手で取った。あ、と思う間もなく薬指に通される。まるで最初からその為にあったというように指の付根にぴったりとはまったリングは、褐色の肌を飾る美しいアクセントとなって輝きを放った。思わず手を眼前に持ち上げて、陽子は言葉もなくそれに見入った。どうしよう、なんだか泣きそうだ。
「似合う。これにしようか。どう?」
 煌めきの向こうにあるのは、優しい微笑み。促すような問いかけに、陽子はぎゅっと手を握った。我が儘を、今だけは自分に許そう。
「は、はいです。一生の最大の贅沢で!」
「うん」
 鮮やかな彼の笑顔。それが、自分の選択が間違っていないと教えてくれる、なによりの指針だった。

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