ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 和子@リワマヒ国様からのご依頼SS

<<   作成日時 : 2009/06/21 16:41   >>

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「アポロニアの精霊戦士よ、死の国へようこそ」
 ぎゃあぎゃあとしわがれた声でそう紡いだ相手を、クリサリスは足を止め見返した。荒涼とした大地に相応しい枯木に留まった烏が、見せ付けるようにバサリと羽を広げて見せる。
「それとも、清廉の絢爛舞踏と呼ぶべきかな?」
 からかう声音にははっきりとした嘲笑の色があった。つかの間立ち止まって烏を見返していたクリサリスは、やがてまた歩を進め出した。もはや、烏には一顧だにくれようとはせずに。
 背後で慌てたようなばさばさという羽音がし、黒い影はやにわにクリサリスの肩に舞い降りてきた。構わず、クリサリスは着実な歩速で前に進み続ける。
「無視をするなよ、私は案内役だよ? お前を次の生へと導いてやろうというんだ、邪険にすることはないだろう」
 無言。耳元で囁く言葉など聞こえてもいないように、クリサリスは前だけを見ている。
「頑な男だなぁ。安心しなよ、私は好みの相手には優しくするから」
 衣服を通じて、硬い爪が肌に食い込む。
「ところでお前、どうしてここにいるのか自分でも判っていないんだろ? 教えてやろうと思ってさ、飛んできたんだよ」
 目の前に広がるのはただ荒野。肌に絡む風は生暖かく血生臭い。
「お前はね、愛する女に裏切られたのさ。どうだい、ロマンチックで残酷で、ゾクゾクするような最後じゃないか。いい男には、ああ、相応しいねぇ」
 ぎゃあぎゃあと、耳を侵す嘲笑。
「お前は裏切られおびき出され、今も屍を曝しているよ。悲劇の英雄にはお似合いの末路だろう?」
 クリサリスは足を止める事なく、ただ前を見据えて歩き続ける。耳に注ぎ込まれる邪悪な毒に、気を引かれる様子もない。
「苦痛と絶望を逃れ、安寧の世界へ、というわけさ。もっともこの光景じゃ、安寧には程遠いかもしれないがね」
 横合いから視線。釣り込むような蠱惑的なそれに一瞥も向ける事なく、クリサリスは進み続ける。
「お前が望めば、すぐにでもこの風景は変わるさ。足を止めるがいい、清廉の絢爛舞踏。そして生まれる園に憩え。そうすれば、再びの生まであっという間さ」
 踏み締める大地は潤いを失って久しく、多くの亀裂が地面を引き裂き、その縁は風にぼろぼろと崩れ落ちては砂礫と化していく。
「このまま進み続けても何もないよ。お前は十分に戦った。今は歩みを止めて安らぎを享受する時さ。お前こそそうした扱いに相応しい。自分でもそう思うだろう?」
 風に巻き上がる砂礫は肌を叩き、あらゆる無防備な部分に侵入を果たそうと狙っているかのようだった。
 クリサリスは無言のまま歩き続ける。肩に食い込む爪が肌を傷つけ血を流させているのは明白で、それすらも些細な事と顧みることさえせずに。
 ばさばさと耳や頭を打った羽ばたきは、苛立たしさを隠そうともしなかった。
「進んでもなにもない、私の言葉が信用ならないかい? このままじゃいずれ訪れる絶望を味合わせたくないばかりの注進を、無下にする了見なんだね? 頑なで、うたぐり深い男! ああ可哀相だね、お前を愛する者は生涯報われないだろうよ!」
 大袈裟な嘆息と共に放たれた言葉さえ、クリサリスの足をわずかに迷わせることすら出来なかった。
 彼はただ前だけを見て、黙々と歩き続ける。ぎゃあ、と耳障りな音で一声鳴き、烏は彼の肩から舞い上がった。
「好きにするがいいさ。いずれお前は私の紡いだ真実を否応なしに悟るんだからね! お前の膝が大地に食い込む様が、今から目に見えるようさ!」
 嘲笑。頭上を回る鳥の影が大地に円を描く。
「その時になったら、できるだけ憐れに泣くがいい! 憐れに思えたら、また来てやろうさ。滅びに進む愚かな男よ!」
 ばさばさと騒々しい羽音を撒き散らして、烏は飛び去っていく。そちらにちらりと目をくれることもせず、クリサリスはただ歩き続ける。そうして、あのよこしまな影の紡いだ言葉を考える。
 死の世界……足を止めずに、彼は再度辺りを見回す。足元には大地、生暖かい風は今も枯れた潅木の間を吹きぬけ、垂れ込めた雲の間には鈍色の太陽。
 死の世界が、このように豊かなわけがない。
 かつて見た、光降り積もる終末の風景を思い出す。全ての音が絶え、ただほの明るい世界はその輪郭さえ失おうとしていた。そう、本当の死とは、滅びとは、こんなものではない。
 それはただ、無だ。あの終末の風景の行き着く先だ。
 死後の世界や天国といった存在は全て、生者のためのものなのだ。死にそんなものはありはしない。
 そしてなにより、ここには『己』がいる。今も揺るぎなく、身も心も存在している。
 ここは死の世界ではないし、自分は死んではいない。
 歩くことを選択したのは、とりあえず自分に出来る、現状打破できそうなアクションだったからだ。実際あのよこしまな影が現れたし、幾つかの情報も残していった。
 あの烏が歩みを止めろと言うならば、自分は歩き続けるべきだ。もとよりそのつもりだったが、尚更それを確信できた。
 それにもう一つ、聞き捨てならないこともある。
 『愛する女に裏切られた』、そう言われて即座に浮かんだ顔がある。あのよこしまな烏の紡いだ毒など一聴の価値もないが、もし端から見てそうとれる状況だったとしたら。
 あの娘はきっと、泣いている。
 勇敢な娘だ。戦いの場にも、怖かったに違いないのに臆さずついてきた。植え付けられた痛みを、懸命に堪えようとしたことも知っている。
 だが同時に、繊細な心の持ち主だとも、知っている。なにに対しても一途な、きまじめな娘なのだ。
 自分がもし死んだことになっているとしたら、彼女がどんな行動をとるか、容易に想像がついた。NWでは、時に強い想いと意志が、各々に与えられた時の歯車を逆転させる。ならば彼女は諦めはしないだろう。自分の生存を信じて走るだろう。だが。
 歩みを止めることはなく、そしてまたその間、涙も止まることはないのだ。
 自然と早まる足をそのまま、クリサリスは陽炎立ち上る地平線を見詰めた。
 帰らなければ。泣くことはないのだと、彼女に告げなければならない。自分は生きているのだと。
 無人の島で、南国で、夜明けの船で、彼女が見せた笑顔を思い出す。あれが今失われているのだとすれば、それを容認することなど無理な話だ。少なくとも、自分には。
 変わることない景色を前に、彼は黙々と歩き続ける。そうしながらも、些細な変化を逃さぬように五感を研ぎ澄ませ。
 変化は唐突で、思いも寄らない場所からやってきた。
 胸が、暖かい。内側に、柔らかな熱を感じる。名を呼ぶ声の気配に、彼は顔を上げた。ふわりと、掬い上げるような感覚。疑う事なく、身を任せる。この熱を、覚えている。
 胸から生まれた熱は全身に広がり、それに促されるように、彼は目を閉じた。
「目を開けて……お願いです、クリサリス!」
 目を開いて、真っ先に飛び込んできた情景に、クリサリスはわずかに口角を吊り上げた。涙を流れるに任せた、和子の顔。甘いラインの頬を伝い落ちた雫は、顎先からぽたぽたと滴って彼の首筋辺りを濡らしている。
 やはり、泣いていた。
 手を伸ばそうとして、それが出来ないことに気づかされる。どうやら自分は、氷漬けにされているようだ。恐らくは治療の一環なのだろう。
 泣くなといわずとも、彼女にはもう伝わっただろう。分厚い雲を割って陽光が覗くように、その面には直前までの驚愕に変わって歓喜の光が満ちていく。慌ただしく入ってきた看護士や医者に押しのけられるようにしてよろめきつつも、眼差しはひたと彼の顔に注がれたまま、揺らぐことはない。薔薇色に色づいていく頬を、再び透明な雫が滑り落ちいく。
「う、嬉しくて泣くのはっ、いいんです……っ!」
 視線の動きで、彼の言わんとしたことを理解したのだろうか。手の甲でびしょ濡れの頬をぐしぐしと拭いながら、彼女は叫ぶように言う。そうやって理屈をつけようとするところは相変わらずだ。
 医者達の処置に身を任せつつ、クリサリスは彼女を見つめる。大きく見開いていた目ようやくを細めて、和子は涙でぐしょぐしょの顔のまま彼に微笑みを返した。

  /*/

「元気そうじゃないか」
 診察を終えて出て行く医者とすれ違うように入ってきた黄色のジャンパー姿の男に、クリサリスは眼を細めた。
「死にかかっていたと聞いたが、どうやらまたあの世から追い払われたみたいだな」
 ヤガミは手近にあったパイプ椅子に腰を下ろす。戯言を口にしながらも、探るように向けられる視線は気遣わしげだ。クリサリスは軽く肩をすくめるアクションで、それらに応えた。ふっと、ヤガミの口元が和らぐ。
「どうやら本当に元気なようだな。今ので納得したよ」
「……」
「ところで彼女は?」
「買い物へ行っている」
「ふぅん……」
 また探るような目をされて、クリサリスは無言を押し通した。ヤガミの指摘したいことは判っている。
 長期の間を眠って過ごしたことへの弊害はあるにしろ、それを除けばいたって健康な体だ。それなのに未だおとなしくここに留まっていることが、ヤガミには不思議なのだろう。今までの自分ならば、確かにすぐさま病院から行方をくらましただろうから。
 らしくない、そう言われるだろうことは、予測していた。
「まぁ、いい傾向なんじゃないか」
 あっさりとした口調で紡がれた一言に、視線だけを相手へと向ける。
「残っているのは、彼女のためだろう?」
「……」
「だったら俺としては、いい傾向と言わざるをえないな」
 愛する者と想いが通じ合っていると確信している者特有の、余裕に満ちた鷹揚な笑みで口元を彩り、ヤガミは足を組み替える。まぁ、今の彼ならばそうも言うだろう、奇妙に納得して、クリサリスは僅かに唇の端を上げた。
「幸せそうでなによりだ」
「まあな」
 悪びれた様子もなくそんなことを言って、ヤガミはふと顔を隠すように眼鏡を押し上げる。
「……俺の話はどうでもいい。お前のことだ。……それでも」
 いくんだろう? 続く言葉は口にはされず、眼差しの動きだけでヤガミは問いかけてくる。問いかけと言うよりは確認に近いそれに、クリサリスはやはり無言のまま頷いた。
「いつ?」
「……」
「……彼女次第か」
 またしてもやんわりと微笑まれて、クリサリスは目を閉じる。
「いいんじゃないか。彼女はそれだけの目に、遭ったんだ」
 だから落ち着くまでは側にいる、その判断は正しいと、ヤガミはそうこちらの思いを肯定する。
 実際、今の和子は長期にわたって体験してきた過酷なダメージから、まだ脱却していない。それは、近く接しているクリサリスでなくとも容易に見抜けるだろう。看病と称して泊まり込みを続けている彼女がクリサリスの元を離れられるようになったのだって、つい最近のことなのだ。
 その事実に思い至らせていたのか、ヤガミはどこか神妙な顔つきでクリサリスに視線を向けてくる。言いたいことは、勿論あるのだろう。だが結局それを口にせず、ヤガミは代わりのようにからかう素振りで眼差しを細めてきた。
「俺がいい傾向と言ったのには、もう一つ訳がある」
「……?」
「もう戻ってこないかもしれない、そんな心配は、この先しなくてもよさそうだ」
 反射のように口を開き……クリサリスは結局なにも口にはせずに唇を閉ざした。自分でも不思議なことに、その指摘に対してどんな答えも浮かんではこなかったのだ。
 故郷はとうに失われ……だが、そのことがなくとも今まで帰還を念頭に置いていたことなどなかった、確かに。特に自問することもなく、戦士であるからにはそうであっても当然と思っていた。
 だが、今となっては夢だったのかも定かではないあの時、確かに自分は躊躇いなく『帰ろう』と思っていたのだ。帰って彼女に告げなければ、と。
「あとは、出来るだけ彼女が『看病』を長引かせてくれることを祈るばかりだな」
 いささか不躾なくらいに、ヤガミの笑みはからかいの色を強める。視線だけを僅かにきつくしても、当然ながら堪えた様子もない。
 ふと耳が捉えた、近づいてくる足音。聞き慣れたそれにクリサリスが口を開くのと、ヤガミが口を開くのは同時だった。
「お前が健康なのは判ってる。だが、普段通りとはまだ言いがた」
「それ本当ですか!?」
 ヤガミの言葉をぶった切るように病室に響いた叫び声に、クリサリスは無意識のうちに額に手を当てていた。
「本当なんですか、ヤガミ!?」
 買ってきたらしい果物の入ったかごを取り落としかねない勢いで、和子はヤガミに迫る。さすがに想定外だったらしい、ヤガミは咄嗟に言葉も返せないまま後ずさっていく。ぎゅっと、手が白くなるほどかごの取っ手を握りしめ、和子はくるりとクリサリスの方に向き直った。
「本当に、健康なんですか? ヤガミが言ったことは、間違いじゃない、の……?」
 眼鏡の下の大きな瞳が、早くも潤んで震え出す。
「私……私が、してたことって、看病してたの、困ってましたか? 迷惑だった? だから、口をきいてくれなかったんですか?」
 『だから』、口をきかなかった訳じゃない。だが、いったいどう言ったものだろう。
「お前の一生懸命な気持ちを考えれば、言えなくもなるだろう。察してやれ」
 その間に体勢を立て直したらしいヤガミが挟んできた口に、ややするどい横目を向ける。動じた様子もなく、ヤガミはわざとらしい素振りで視線を宙に投げた。
 クリサリスとヤガミに慌ただしく視線を往復させた和子は、やがてしゅんと肩を落としてしまった。病室内に、重い沈黙が立ちこめていく。
「……そろそろ俺は戻る。邪魔したな」
 咳払い一つを残して、ヤガミはそんな言葉と共に速やかに消えた。和子は顔を上げようとしない。つきそうになった溜息を、クリサリスは噛み殺した。今の和子は、違う意味に取りかねない。
「……………………本当に、健康なんですか?」
「……ああ」
 地を這うように低い声に、頷く。はっと顔を上げた和子は、意外にも泣いてはいなかった。ただ、目を見開くようにして、クリサリスをまっすぐに見つめてくる。
「お医者様は、もう少し入院の必要があるって言ってました。どうして」
 言いつのろうとする和子の前に、クリサリスは手を差し伸べた。
「触ってみろ」
 ぴくんと身を震わせて、和子はそろそろとベッド脇に歩み寄ってくる。かごをサイドテーブルに置いてから、躊躇うようにそっと、腕に触れる。ふっと潜められた眉の動きで、クリサリスは彼女が理解しただろうことを見て取った。完璧な状態とはほど遠い、筋肉の落ちて細くなった腕。
「……そっか、リハビリの必要がある。だからなんですね」
 上目遣いに確認を求める仕草に、頷く。いささかぎこちなくはあるが、ようやく和子の口元に笑みが戻った。細い体からふっと力が抜けていくのを感じて、クリサリスは自分もベッドに身を沈めた。
「そうだ、美味しそうなリンゴが売ってたんで買ってきたんです。食べますか?」
 にっこりと、今度はわざとらしいくらいの笑顔で、和子はかごからリンゴを取り出す。
「美味しいものいっぱい食べて、栄養つけないとですから」
 美食の国リワマヒの民らしいことを口にして、クリサリスの返事も待たずに引出しから果物ナイフを取り出す。特に止めようとは思わなかったので、クリサリスは黙ってリンゴを切っていく和子の手元を見ていた。
「……あのですね、クリサリス」
 リンゴを剥く手元を見つめたまま、和子は不意にぽつりと彼の名前を呼ぶ。上目遣いで彼と視線があったことを確認して、一度止めた手を再び動かす。
「お願いですから、黙らないで言って。私、バカみたいじゃないですか」
 じっと手元を見つめたまま、呟く声はまた固い響きを帯びてきている。すぐにはっと手を止めて、和子は生真面目な瞳をクリサリスに向けた。
「あの、気遣ってくれたことは嬉しいんです。嬉しいんですけど……でも、なにも言って貰えないのは、嫌なんです。だって、それじゃ……」
「……わかった」
 僅かに唇を噛むようにして言葉を探す和子に、クリサリスは静かにそう声をかける。ぱちりと瞬いた目を大きくして、和子は首を傾げた。
「本当に……?」
「ああ」
 見間違いの内容に、はっきりと頷く。ようやくの笑顔を見せて、和子はまた手を動かし始める。
「ええと、全部言ってほしいなんて言いませんから。でも、嘘をついたり黙ったりは」
「嘘は言わない。話せない時はそう言う。これでいいか」
「……はい」
 クリサリスの言葉に神妙な顔でこくりと頷いて、和子は剥き終わったリンゴに楊枝をさす。
「はい、どうぞ。美味しいですよ?」
 笑顔と共に差し出されたウサギリンゴを、クリサリスは淡い苦笑と共に受け取った。

  /*/

 傍らから聞こえる穏やかな寝息は、すっかりと聞き慣れたものだ。椅子に座ったままベッドに頭を伏せた和子の髪に、クリサリスはそっと触れる。
 彼女がここに留まっていられる介入限界はそろそろ訪れるはずだ。それからまた会いに来るまでには、少しの時間が必要になるだろう。その間のことを思うと、やはり心配にはなった。
 ようやくちらりちらりと笑顔を見せてくれるようにはなっていたが、まだまだその表情は硬い。自分がもっと言葉巧みな男なら、もっと彼女を微笑ませることが出来ただろうか。
 いや……ただ言葉を並べるよりもっと大事なものはある。それがなければ、幾万言葉を費やしたところで虚ろに響くのみだろう。言葉とは、どれほど強大な力を秘めていたとしても、ツールであることに違いはない。
 言ってほしいと、和子は言っていた。もとより嘘をつく気などなく、ただ、言えないことはある。言っても詮無いことも。その詮無いことを、それでも伝えてほしいと彼女は言う。
 詮無い……伝わることはない、伝えても仕方ない、そう思うのは確かにこちらの一方的な認識だ。そう理解し、頷いた。それで彼女が笑ったのだから、それでいいのだろう。
 彼女の髪に触れたままとりとめもなく巡らせた思いを、手を離すことで仕舞いにする。再びベッドに身を預けて、クリサリスは目を閉ざす。
 クーリンガン……自分が眠っている間に情勢は大きく変わり、かの存在もまた邂逅した時とは違う様相を見せている。
 だが……閉ざした目蓋に、僅かに力がこもる。
 そんなことは関係ない。自分は一介の戦士だ。強者と戦い、勝つ為にいる。かつて敗れた相手だからこそ、再び相見えるのは必定だ。
 そう思いつつ、そこに僅かな色気があることを、クリサリスは認めないわけにはいかなかった。あの存在と戦って勝ち、相手を滅ぼし去ることが出来れば、もうこの娘が怯える必要はなくなる。夜の闇に怯え震えては、自分の存在を確かめようと血眼になることも。
 それこそ、彼女に伝える必要のないことではあるが。
 ベッドから抜け出し、ふと思いついて、眠る和子を抱き上げて自分の代わりにそこへ寝かせる。何事かを喉の奥で呟いて、彼女はころりと俯せた。伸ばされた手をなんとなくそっと握ってから、その手を布団の下へと入れてやる。
 窓から見える月は見事だった。開けた窓から入る夜風は涼しく、肌に心地よい。しばしそこに佇んで、クリサリスは夜空を見上げる。さまざまな世界で、こうしてきた。どんな世界であっても、空は変わらない。星々の位置は違うが、それは些細なことだ。
『もう戻ってこないかもしれない、そんな心配は、この先しなくてもよさそうだ』
 ふと、ヤガミの言葉を思い出す。そうだろうか、本当に? クーリンガンを倒した時、自分はそう思うだろうか。
 ……全てはクーリンガンを倒してから。その先のことは考えたところで不確かだ。なってみなければ判らないことなのだ。そう、思いつつ。
 振り返り、眠る和子の顔に視線を注ぐ。あの夢の中で、躊躇わず帰ろうと思った時のように……そうであればいい、心からそう、思った。

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