ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 矢上ミサ@鍋の国様からのご依頼のSS-5

<<   作成日時 : 2010/08/29 07:40   >>

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「ありがとう、じゃあちょっと行ってくるね」
 そういって、ミサは猫一郎に顔を寄せた。
「王猫さまー、ちょっと待っててくださいねー」
 閉じていた目をちょっと眠たげに薄く開き、猫一郎はぴるぴると片耳を震わせた。どうやらそれが、行ってらっしゃいの挨拶らしい。蕩けそうな笑顔になって、ミサは一度きゅっと猫一郎を抱きしめ、それから名残惜しそうに総一郎へと猫一郎を渡した。
 ずしりと重い猫を両腕と腰で支え、総一郎は柔らかな毛並みを撫でる。なにが気に入ったのか、猫一郎はすぐに総一郎にすり寄ってごろごろと喉を鳴らし始めた。
 それに少しばかり名残惜しげな視線を向け、ミサはひらりと手を振ると病院の入口に向かって歩いていく。SPたちに囲まれて去っていく背を見送って、総一郎は腕の中の柔らかな体に視線を落とした。
 ふと思い付いて、前足の付け根に手を回し、支えるようにして持ち上げる。びろんと長く伸びた体は特に暴れるでもなく、猫一郎は時折ひくひくと鼻面をうごめかしながらじっと総一郎を見つめている。綺麗な丸い目と目を合わせ、総一郎はややあってからふっとため息をついた。うっかりおとなげない一言を吐き出すところだった。
 しかし重い。あらためて小さな子供を抱くように抱き直すと、我が意を得たりとでもいうように猫一郎は総一郎の体をよじ登ろうとし始めた。
「こら、やめろ」
 柔らかな体を揺するようにして制止をかけるが、当然のことながらまったく聞き入れる様子はない。無理矢理引きはがすと、じたじた暴れる前足でパンチを食らった。
 ちょっと甘やかされすぎじゃないか、そう思って。
「大人しくしろ」
 再び宙ぶらりんになるように持ち上げて、総一郎は猫一郎と顔を合わせる。
「いいか、俺は猫は好きじゃない。その辺りを肝に命じろ」
 先程飲み込んだ言葉を結局口にして、総一郎は大人しくなった猫一郎を再び抱き寄せる。今度は傍若無人な振る舞いをしようとはせず、そのかわり鎖骨の辺りに顔を埋めるようにして、猫一郎はごろごろと喉を鳴らし始めた。いったいどういうリアクションなのだ、これは。
 柔らかな毛並みを無意識に撫でながら、総一郎はため息をもらした。飼い主に似るにも程がある。いや、この猫はミサの飼い猫というわけでもないのだった。王猫であり、国権の象徴のような存在だ。この世界の法則は大分理解してきているが、それにしても。
 猫は、嫌いだ。気まぐれで移り気、散々人を翻弄しておきながら、手をのばすとするりと逃げる。ならばと離れれば、どこまでも追いかけてきて怒る、拗ねる。どうしろというんだ、いったい。
 逃さぬためには隙をついて抱きしめて、そうして離さずにいることだ。それもまた法則だと、ようやく判った。判るまでには、随分かかったが。
「ゲームのルールはもっとシンプルであるべきだ」
 あやすように猫一郎の体を優しく揺すって、総一郎は優しい手つきに似合わない渋面で呟く。それがなかなかに難しいことも承知しているが。
 それにしても遅い。病院の院長に放送でもかけさせて患者を誘導させればいいだけの話だ。なぜこんなに、時間がかかっているのだろう。やはり自分も着いていくべきだっただろうか。だがしかし、王猫である猫一郎を一匹にするわけにはいかない。ある程度信頼のおける部下を出来るだけ早く作るべきと心のメモに書き留めていると、ようやく前庭に面した窓が開き始めた。覗く沢山の顔、顔。一人でも多くの民達にはっきりと猫一郎の姿が見えるようにと角度を変えつつ、総一郎はミサの姿を目で探した。どこに……とさ迷わせかけた視線はすぐに目指す相手の姿を捉え、総一郎はその光景に僅かに眉をひそめた。
 どんなに距離があろうと、どんなに上手く仮面を被ろうと、判らないなどということがあるものか。いったいなにがあったのだ、彼女に。
 無意識に力が入ったのだろう、猫一郎の身じろぎに我に帰り、総一郎は彼の体を優しく抱き直した。そうして改めて、歓声の雨の中、彼女へと目を向ける。絡み合った視線にミサの表情がほぐれていくのを感じて、少しだけほっとして。
 なにがあったかは、後で病院の関係者にでも聞けばわかることだ。今は一刻も早く、二人きりになりたかった。なって抱きしめてやりたかった。抱きしめて離さずにいること、本心を隠してするりと逃げ去ろうとする相手には、それが一番の有効打なのだから。

/*/

 静かなところに連れていって欲しい、彼女の口からそんな言葉を引き出したことに、喜びを覚えてしまうのは不謹慎だろうか。頼ったり、甘えたり、いつでももっとして欲しいと思うのに、辛いときにこそ側にいたいと思うのに、そうしてやりたいときに限って彼女は笑ってなんでもない素振りを見せるのが常だったから。
 どれほど代わってやりたいと思っても、その人の抱える重荷はその人のものだ。だからこそ、その重荷ごと抱きしめさせて欲しい。ただそれだけの、ささやかな願い。

/*/

 彼女の手を引き、国境を越えて向かったのは冬の園だった。アーチをくぐって薔薇園に辿り着く。空は低く垂れ込め辺りにははらはらと雪が舞い落ち、思った通り人の姿は少なかった。
 南国から直に移動してきたこともあり、ミサは寒そうに両手で自分の体をだいている。震えがひどくなる前に、総一郎は厚手のコートを細い肩にかけてやった。
「ありがとう」
 淡い笑顔が硬いのは、寒さのせいと誰もが思うだろう。その手を引いて、複雑な作りをしている薔薇園の中に踏みいる。手入れする者の愛情を如実に示して、薔薇たちは寒空の中誇らしく咲き揃っていた。
「寒いの苦手じゃなかったっけ?」
 されるがままについてくるミサが、そんな疑問を投げてくる。未だ冷たい手をしっかりと握りしめて、総一郎は彼女を振り返った。
「雪がつもってるところにでもいくか?」
「ううん、このへん見てまわる。初めてだし」
 首をすくめるように頭を振ったミサの、口元が白くけぶる。
「そうか」
 俯いた気配を察して、総一郎はゆっくりと手を離した。空になった手に寒さが忍び込んでくる。とととっと小走りに花壇の影に向かったミサは、しゃがみ込んで積もっていた雪を掬い上げて丸めた。彼に背を向けたまま、すっと背筋を伸ばして、手にした雪玉を彼方に投げる。後ろ手に組まれた細い指は真っ赤で、軌跡を見送るように僅かに天を仰いだ後ろ姿に、総一郎はそっと問いかけた。
「冷たくないか?」
「んー、冷たいけど、珍しいから平気」
 南国の民らしい答えを口にし、ミサは肩越しに総一郎を振り返って微笑んだ。
「こういうのはたまに触るからいいのよ」
 その目を捉えたまま近寄って、総一郎は静かに声をかけた。
「手を見せてみろ」
 笑顔が、僅かに歪んだ。ふと俯いたミサは、俯いたままぎこちない動きで総一郎に向き直る。ほどかれ差し出された真っ赤な両手を手首を掴んで引き寄せ、総一郎は凍えた手を自らの頬に押し当てさせた。上目遣いの視線をしっかりと捉え、低い囁きで告げる。
「ここでなら、泣いても写真にとったりはしない」
 ほんの僅かに、息を飲む気配。それはすぐに溜息と共にほどかれ、ミサは目尻をきゅっと下げて笑った。
「さすがね」
 そのまま倒れ込むように、ぽすっと胸に頭が押しつけられる。その頭と肩に壊れ物を扱うような繊細さで腕を回し、総一郎は時折波のように伝わる嗚咽の気配を黙って受け止めた。
「……もういいよ、ありがとう」
 どれほど時間が経ったのか。多分実は、さほどでもない時間だっただろう。身じろぐ気配に腕の力を緩めると、腕の中でミサはコートの袖口で乱暴に頬を拭おうとする。その手を掴んで止め、総一郎はそっとその顔から眼鏡を外すと、ジャケットからとりだしたハンカチで優しく彼女の目元を拭った。されるがままの姿に微笑みを零しつつ、再びその顔にメガネを戻す。
「鼻が赤いぞ?ミサ」
 あえてのからかう声音に、ミサはちょっと口元を緩め、どこかあどけないような笑みを浮かべた。
「さむいからよ」
 思った通りの意地っ張りな言葉を紡いだ唇が、不意に甘く尖る。拗ねた様子を見せながら、瞳が煌めいている。
「あんたはどーして、わたしが泣いてるときしか名前よんでくれないのか」
「そうだったか?」
 どこか歌うような抑揚の文句に、わざととぼけた答えを返す。
「そうよ」
 くすりと笑った響きはもう軽やかで、ミサは一歩を踏み出して距離を縮め、総一郎の背に腕を回した。先ほどよりも力を込めて柔らかな体をだき返し、総一郎は吐息に織り交ぜるように囁いた。
「いつも心の中では呼んでた」
 咲き乱れる薔薇の香りよりも、感じ慣れた鼻先をくすぐる香りを吸い込んで、目を閉じる。側にいるときもいないときも、いつだってそうだったのだ。
 感じる視線に目を開ければ、間近で見上げる瞳は悪戯っぽく、けれど愛おしげな光で満たされていた。
「それじゃあ、私の耳が遠いのかな」
 小首を傾げる仕草で微笑まれて、また耳元に唇を寄せる。
「今度からは耳元で言うことにする」
 くすくす笑いに、頬に昇りっぱなしの熱が今更気になった。それを誤魔化すように顔を背けてメガネのブリッジを押し上げていると、ぽすりとまた頭を胸元に押しつけられた。
「ふつーでいいのよ、ふつうで」
 拗ねているようであって、その実声には軽やかさと張りが戻ってきている。戯れる響きに総一郎の口元も自然に微笑んでいた。
「名前呼んで欲しそうだったからな」
 そうでなければ、なかなか呼べはしない。暗に匂わせたのは先ほどの柔らかな糾弾の言葉への回答だ。けれどその意味までは、伝わりはしないだろう。
 ちょっと恥ずかしすぎて言えない話だ。その名前は大事すぎて、口にすればその響きに思いが簡単に溢れ出しそうだから、なんて。
「だってわたしのほうが呼んだ回数多いんだもん」
「一々数えるな。ばか」
 むくれた風な言葉に、ついそんな悪態をついて腕の力を強める。軽やかな笑い声と共に抱きしめ返されて、いつの間にか流れる空気がいつもの自分たちのものに変わっていることに気がついた。
「しまった、これじゃいつもと同じだ」
 思わず口にした言葉に、ミサが楽しげに笑い出す。
「おなじでいいよ」
 そう言われても、いまいち納得しがたいのだが。珍しく弱い部分まで見せて、せっかくミサの方から甘えてきたのだ。今日のことも含めて、またしばらく会えなくなるだろう時間も大丈夫なくらいに、とりあえず自分の恥ずかしさは一時棚上げしてもっともっと甘やかしてやろうと考えていたのに。
 そんな不満は顔に出ていただろうか。ふと顔を上げてじっとこちらを見つめていたミサが、嬉しげに眼を細めてまたくすくすと笑いだした。
「拗ねる理由が一つ減ったわ」
 唐突な言葉に、首を傾げる。
「なんだ、それは?」
 説明を求める言葉に、ミサは笑顔のまま首を振った。楽しげに光る瞳が、まっすぐに総一郎の目を捉える。
「教えなくても、あんたはちゃんと正解をだしてきそうだから」
 ますます意味が判らない。
「待つことにする」
 すました顔で謎めかしの締めくくりをしたミサを、総一郎はじっくりと見つめる。勿論そこにあるのは答えなどではなく、愛しいと感じずにはいられない笑顔だけだったが。
「なんだか俺が分からんというのもおもしろくないな」
 とはいえ、それが彼女の求めるものだというのなら、受けて立とうじゃないか。
「わかった」
 答えを出す日を楽しみにしていればいい、そんな思いを込めて頬に触れると、ミサはその手に顔をすり寄せ、嬉しそうににこりと笑った。

/*/

 緊急の仕事を片付け終わって、部屋を出る。今日は自分の部屋に帰って眠ることが出来そうだ、その事にほっとしつつも今ひとつ気持ちが冴えないのは、ここしばらくの間ミサの姿を見ていないが故だった。
 今頃どこで何をしているのか、今度はいつ会えるのか、そんな事を思い始めるとどうにも気持ちを抑えがたくなってくる。元気にしているだろうか、笑っていてくれればいい、どこにいるのだとしても。そう思う裏で、それでももしも叶うなら、自分の隣で笑って欲しいと思う気持ちもまた本当で。
 そんな思いに沈み込んで、だから気配に気がついたのは本当に相手がすぐ側に寄ってきてからだった。は、と気づいたときには足下に柔らかな塊がすり寄っていた。落とした視線は丸い瞳とぶつかり、猫一郎はなおぉ……と長くか細い声で鳴いた。
「お前か」
 くるぶしの辺りに頭をすりつける仕草に、口元が緩む。かがみ込んで猫一郎を抱き上げ、総一郎はふんふんと鼻をうごめかせている彼と目を合わせた。
「寂しい者同士、仲良くするか」
 短い鳴き声は肯定の印だろうか。首筋に頭をすり寄せてくる温かくて柔らかな体をだいて、総一郎は静かな長い王城の廊下をゆっくりと歩き出した。

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