ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 月光ほろほろ@満天星藩国様からのご依頼SS-4

<<   作成日時 : 2010/11/13 21:23   >>

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 手配された新居は、狭いながらも木の香りがまだ新しい綺麗な家屋だった。そこに身を落ち着けてすぐ、陽子の日課は掃除になった。
 彼女の婚約者はこの世界の住人ではない。なるべく機会を見つけて訪れるように努めてくれているのは判っていたから、彼がいつ訪れても快適に過ごせるように、そんな思いで彼女は新居を清めるのだった。
 新居にはこじんまりとした庭もついていて、陽子は早々にそこも花壇へと変えていた。元々あった樹木との調和も考えられたその庭は、近隣の住人達の間でも評判になるほどだった。
 夫となる人と常に一緒にはいられない淋しさはあるものの、藩国の住人達は彼女をなにかと気にかけてくれていたから、孤独になることはなかった。彼女の毎日は、新居をぴかぴかに磨きあげること、この国特有の食材を使ったレシピを学ぶこと、近所の人達と交流してはいろいろな情報を手に入れることに費やされていた。ごく当たり前の女性としての普通の毎日、それはかつてない充足感で彼女を満たしてくれていた。
 そのささやかな出来事は、過ぎていくそんな日々のある一日に起きた、ほんの小さなターニングポイントだった。


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 その日も陽子は、いつものようにはたきを手にしていた。キッチンでは隣家の主婦から世間話のついでにおすそ分けされた香草を使ったシチューが、とろ火でことことと煮込まれている最中だった。
 この部屋の掃除が終わったら、ハーブティを入れて一息つこう。それから、ウエディングドレスに使うレースを編むのだ。手を止めて壁にかけてある完成間近のウエディングドレスに目を向け、陽子はうっとりと幸せそうな眼差しを伏せた。小さな教会で、身内だけでおこなうささやかな結婚式。それは夢でも幻でもなく、もうすぐ現実となる未来だ。
 幸福感に溢れた笑みを唇に湛えたままはたき掛けを再開しようとして……陽子はふとその手を止めた。家の外に、人の気配を感じたのだ。
 意識を研ぎ澄ませ、去っていかない気配を探る。そこに殺気や害意がないこと、逆に楽しげに笑いさざめく気配であることにかえって興味を引かれ、陽子ははたきをテーブルに戻して玄関を出た。小さな前庭を抜けて、門から外に出る。
 庭から突き出した木の枝の下にしゃがみ込んだ二人の少女が、嬉しそうに舞い落ちた花びらを拾っている。その楽しげな様子につい笑みを誘われ、陽子は控え目な足取りで少女たちに近づいた。声をかけようとした矢先に、気配を感じてか顔を上げた少女の一人とばっちり目が合ってしまう。
「……っ」
 硬直して見る間に真っ赤になった少女の姿に、もう一人も自体を把握したらしい。同じように首筋まで赤らめて、ぱっと立ち上がる。
「あ、待って……待って下サイ……ッ」
 慌てて手を伸ばして、陽子はぺこっとお辞儀をして踵を返そうとした二人を呼び止めた。まるで怖い先生に呼び止められたとでもいうように背筋を伸ばして立ち止まった二人に、怖がらせないようにと精一杯優しい声をかける。というか、怖がられているかもしれないのはいささかショックなのだが。
「あの……怒ってませんから、どうかこちらを向いて下さい……」
 懇願といってもいいような声に、二人は恐る恐る振り返った。とはいえ、目があった途端に二人とも赤らめた顔をぱっと伏せてしまったのだが。
「あの……えっと……」
 なぜ落ちた花びらを拾っていたのかを尋ねたかった。だが、決して言葉のうまくない自分が、なんだか萎縮している彼女たちからそれを聞き出すことなんて、出来るのだろうか。そんな不安が、喉を詰まらせる。これじゃダメ、そう自分を叱咤したところで、きっかけは相手の方からやってきた。
「あ、あの、すみませんでした……っ」
「でも私たち、変な目的があったわけじゃないんです!」
 二人の少女は口々にそんなことを言う。それも陽子の眼差しを浴びた途端に、また口の中に淡雪のように消えてしまったけれど。
「あ、の……怒ってない、デス。でも、どうして……?」
 問い掛ける口調と彼女たちの手元に向けた視線がこうをそうしたのか、二人の少女は真っ赤な顔を見合わせてから、怖ず怖ずと口を開いた。
「あの、実は……」


 二人が何度も御礼をいって帰っていくのを見送ってから、陽子は家に戻って三人分のカップを片付け、改めて紅茶を入れ直した。香りが湯気と共に立ち上るのを感じつつ、考えが戻っていくのは先ほど聞かされた話だった。
『恋愛に呪われた国』……そのフレーズはずっと前から聞き覚えがあった。最初に聞いたのは初めてこの国に着たときの、ほろほろとの会話の中でだった。国民が祈ってくれた……嬉しそうに誇らしそうに、そう言った時の表情は、まだ覚えている。
 それからこの国に住むようになって、幾度も幾度も聞かされた。国民達は既にそれを茶飲み話にしており、苦笑混じりの諦観がそこからは感じられた。その度に、一言言いたくなっては人々の心情に口を閉ざしていたのだけど。
 陽子の家から散り落ちた花びらを集めて、ポプリにするのだそうだ。その香りをまとった娘は恋人とうまくいく、そんな噂がまことしやかに流れているのだ、彼女たちは真っ赤な顔で恐縮しつつ、そう教えてくれた。どうりで最近外に花びらが散らばっていなかったわけだ……そう納得しつつ、陽子は二人に微笑みかけた。
「でも、どうしてそんな噂が?」
「それは、あの……」
「……お二人の仲睦まじさは、有名ですから」
「あやかりたい、みんなそう思ってるんです」
 真正面からそんなことを言われて、陽子は顔を赤らめてしまう。確かに、おずおずと微笑む二人の眼差しには憧憬が感じられ、なんとも面映ゆい気持ちになったのだが。
 一人きりの部屋の中、陽子の眼差しがとらえるのはウエディングドレスだった。
 彼女たちの心情は、切ないほどによく判った。自分もかつて、不幸なすれ違いを経験しているから。胸に冷たくしびれた穴が開き、すべてはそこに飲み込まれて果てしなく落ちていく……あのときの感覚をあらわすのなら、そんな感じだろうか。あれが、心が冷たくなりきるまでずっと続いていたとしたら……そう考えるだけでも恐ろしくて息が苦しくなる。
 かつてその鎖が断ち切れるようにと祈ってくれた国民たちは、今はそれを諦念とともに受け入れてしまっている……それが歯がゆかった。けれど、それでもなお諦めきれずに、御伽噺のような風聞にすがってしまう人たちもやっぱりいるというのなら。
 ずっと、ずっと思っていた。自分に、何ができるだろうか、と。もちろん、自分に力はある。かつて行使した峻険な力は、まだ身の内に存在している。けれどそれでは、今この国に漂うもやのようなすすけた空気を、吹き払うことはできないのだ。
 ほろほろの言葉を思い出す。君の側にいるとお日様の側にいるような気持ちになる、そう、まぶしげに目を細めたまなざしを向けて彼は言ってくれた。身に余る言葉だと思いつつ、嬉しかった。本当にそうであれればいいと、心から思ったのだ。自分が、自分の愛する人にとっての太陽であれれば、と。
 自分を受け入れてくれ、何くれとなく世話をして見守ってくれる人たちの顔を思い出す。そこに漂ううっすらとした諦念のもや。それを吹き払う力が、自分にあるだろうか。心からの喜びに満ちた笑顔を、浮かべさせることが、自分に。
 目を閉じて、深く息を吸う。いつも胸にある柔らかなぬくもりを思う。それが誰からもたらされた贈り物かを、よく知っている。命を贈ってくれた人を、名を贈ってくれた人を、真心を贈ってくれた人を思う。その人たちの胸にも、今ここにあるものと同じぬくもりが宿っている。自分も同じように、この胸のぬくもりを贈りたい 。
 ひざの上に置いた手を、ぎゅっと握り締める。
 できるかできないか、その迷いは過ちへの下り坂だ。できると信じること。そのために何をすればいいのかを、真剣に考えること。先の見えない坂を上っていくのは苦しい。だけど、自分は一人じゃないから。この胸にぬくもりが宿る限り、決して一人ではないから。
 目を開く。心は決まった。何をすればいいのかも。それは自分ひとりでは達成できないことだ。国の、国民の、そして何より、愛する人の協力が必要だ。簡単に達成できることではない。けれど、それでも。
 立ち上がり、ふと導かれるように足を向ける。白いウェディングドレス。一針一針気持ちを込めて縫ったものだ。ささやかな幸せだけを、夢見て祈って。
 無意識のままわずかに悲しげな笑みを浮かべ、陽子はそれをハンガーからはずしてテーブルに置く。それからそれを断ち切るはさみを求めて、彼女は迷いのない足取りで部屋を出て行った。
 

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 国を一望できそうな高い櫓の上で、陽子はすすけた空気を吸い込んだ。吹きすぎる風が装束の裾をはためかせている。
 櫓の下の広場に詰めかけた国民たちのあげる微かなざわめきが、風に運ばれてきた。それもすぐに、神主のあげる祝詞の朗々とした響きにかき消されて静まっていった。
 舞う巫女たちと神主の前で、ほろほろは緊張しているようだった。遠目にもそれが判り、陽子は柔らかい微笑みを唇に乗せる。詳細をまったく聞くことなく突然の提案を笑顔で承諾してくれた彼からは、その時もいつものような全幅の信頼が感じられた。そんな風に受け止めてもらえることが嬉しく、誇らしく、そして申し訳なくもある。この婚姻の儀式は必ず成功させようと改めて胸に誓い、陽子はもう一度深く息を吸い込んでから鏡を手にゆっくりと一歩を踏み出した。
 ほろほろと目が合う。大声で名を呼んでから慌てて口元を押さえたほろほろに微笑みかけ、陽子は磨き上げられた鏡を掲げた。まばゆい光が辺りを照らす。見上げる人々の顔が子供のように無防備に還っていく様子を、陽子はただ見つめた。その全てを、目に焼き付けようとするように、瞬きもせずに。
 贈り続けても贈り続けても、減らないものがこの世にはある。贈られたからこそ、その事を知っている。ならば自分も、贈り続けよう。愛する人に。全ての人に。
 すすけた風が鎮まっていくのを感じながら、陽子は鏡を薄い布で覆い隠し、再び櫓を昇った。照らし出す光ばかりが光の全てではない。これから先は、包み込む光の時間だ。むき身に晒された人の心を、優しく包む光の時間。彼女にそうしてくれたように、彼はその役割を担ってくれるだろう。
 その心に応じるように響いた澄んだ鈴の音に、新たな彼女の装束を捧げ持つ巫女たちの手に自身を委ねながら、陽子は輝くような笑みを俯いた顔に昇らせていた。


/*/


 大きな手を握ったまま、眠りについた彼の横顔を見つめる。こうして今もここに留まっていてくれているのは、父親の計らいだろうか。だとすればとても嬉しいサプライズだ。婚礼の夜に独りにされるのは、どうしようもないことかもしれないと思っていても辛いから。
 そうして、握った手と反対の手を自分の胸元に押し当てる。目を閉じる。
 胸の内の熱は、今も変わらず、いや、もっとその量を増してここにあった。汲めども尽きぬ泉のように、今も懇々と温もりを生み続けている。人に贈ればなおさら、その熱は豊かになっていくものなのかもしれない。
 傍らに眠る彼の胸にも、同じ温もりが宿っている。それは疑いようもない真実だ。なぜならこの胸の温もりは、彼からもたらされたものでもあるからだ。そう思うだけで嬉しくて、陽子は握った手をそっと撫でながら微笑む。
 今宵この国で眠りにつく全ての人たちに、同じ温もりが宿っていることを、陽子はもう一度祈った。自分の光と彼の光を受け止めて、安らかで芳醇な眠りの内にあるように、と。
 それから、そっと身を伸び上がらせる。間近に見るほろほろの寝顔は穏やかで、とても柔らかい。それに愛おしげな眼差しを投げかけて、陽子はそっと言葉を滑り落とす。
「愛しています……ずっと」
 婚礼のさなか、何度も口にした言葉。それに対する彼の答えが鮮やかに心に蘇り、陽子は頬を染めて一つ吐息を漏らす。胸の温もりがいっそうました心持ちに微笑んで。
 健康的な浅黒い頬に一つ、口づけを落とす。それからその頭を両腕で抱きしめるように胸元に引き寄せ、陽子は満ち足りた微笑みを浮かべて静かに目を閉じた。

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