ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 矢上ミサ@鍋の国様からのご依頼のSS-6

<<   作成日時 : 2011/04/05 21:13   >>

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 破いた向こうに表れた数字を見て、総一郎は手を止めた。届けられたメッセージの妙な力の入りようを、咄嗟に納得してしまう。
 来月は2月。月半ばに控えているのは、天下御免の恋する者たちの決戦日だ。チョコレートという名の銃弾がターゲットの心臓を仕留めようと飛び交い、そこから醸し出される甘やかな空気は部外者をも被弾させずにはおかず、リア充爆発しろの雄叫びが虚しく天に響き渡る日だ。
 などと、部外者目線で語れるのも、己の手元には最愛の人物からその愛情の弾丸が届けられるのが確定しているからだ。とはいえ、それはそれで自分にとって、別の覚悟を必要とすることではあるのだが。
 だが、その覚悟を強いられることについては、まったく異存はないのだ。むしろ、それを奪われるのだとしたら、その方がどれほど辛いか判らない。
 1月のカレンダーをゴミ箱へと捨て、総一郎は席に座り直して腕を組んだ。色々やらなければならないことはあったけれど、どうにも気持ちが落ち着かない。心は早くも、彼女と会えるだろう数日後へと羽ばたいていた。
 彼女がその気ならば、こちらも充分に趣向を凝らして迎撃しなければならないだろう。長く寄り添いあい互いの手の内をすっかりと読み合える仲だとしても、相手を喜ばせるのに力を惜しんではならない。それが、恋人の流儀というものだ。


/*/


 気配を感じて顔を上げたときにはもう、彼女は隣に腰を下ろしていた。踏み石にちょこんと足を置いた姿で、ミサはぱちぱちと目を瞬かせたあと、興味深そうな表情で辺りを見回す。目が合った途端、その表情はすぐに弾けて嬉しそうなものへと変わった。その視線が吟味するように彼の体を撫で、ミサはややはにかむように目尻をきゅっと下げてみせる。
「わたしも和服とかのほうがよかったかな・・・」
 ためらうように上がった手がワンピースのふわふわとした胸元を撫でる。羽織の袖を捌くように動かしながら茶碗を持つ手を下ろし、総一郎は眼を細めるようにして彼女の姿を眺める。
「いや。ただの趣味だ。きにするな」
 舶来の趣向にあえて和物をぶつけてみるのも楽しかろうと思っただけで、彼女に気遣わせたのでは意味がない。それにまぁ、ミサにはそうした服装が似合っている。和服は和服で、また充分に似合うとは思うが。
 えへへ、というような微笑みを見せて、ミサは後ろ手を縁側の床につき、改めてというように目の前の庭園を見つめる。
「わたしこういうとこ観光で見たぐらいかもー、すごい」
 踏み石にかかとを跳ねさせるようにして、ミサは眼鏡の奥の眼を細めた。かと思えば、身を翻すようにして四つん這いのような姿勢でこちらに近づいてこようとする。その顔をまっすぐ見返して、総一郎はちらりと微笑み、それから視線を庭へと流した。
「ここは庭がみごとだぞ」
 書院式の、さほど広くはないが風情のあるいい庭だ。南国ということを考えても、石組みといい剪定といい見事といっていいほどよく世話されている。
 こちらへ近づいてくる動きを止めて、ミサは再び彼の視線を追うように庭へと視線を向けた。先ほどよりも熱心な目つきで、目の前の風景を見つめている。その目が何かを捕らえ、彼女はまた体を返してふいに立ち上がった。とんとんと跳ねるように飛び石を踏んで池の元へと向かう。
「鯉がいるんだね」
 縁に置かれた踏み石にしゃがみ込むようにして水面を覗き込み、呟く声が僅かに華やぐ。その態勢のまま振り返ったミサは、どこか神妙な顔つきで首を傾げた。
「お世話とか大丈夫なの?」
「赤いのが弱いからな。ストレスが足りないらしい」
 総一郎の答えに納得を示すように顎を引き、彼女は再び池へと視線を向けてしまう。それからおもむろに立ち上がり、後ろ手に、先ほどとはうって変わったゆったりとした足取りで、飛び石を移動する。その様子を、総一郎は二杯目のお茶を手ずから入れつつ眺めた。
 これが自分の趣味であることはいうを待たないが、一方でミサもこうした風情が嫌いではないだろうと踏んでの招待だった。絵画的視点の持ち主である彼女であればなおさら、日の移り変わりでも表情を変えるこうした庭を楽しめると思ったのだが。
 確かに、楽しんでいないわけではないと思う。けれどどうしてか、満足している風ではない。何か計り間違えただろうかという思いが兆して、結果目を離せなくなった視線の先の彼女は、それに気づいたかのように総一郎を振り返ると、行ったときと同じように飛び石を跳ねて彼の元へと戻ってきた。
「もういいのか?お前が好きそうなんで、買ったが」
「うん、池のあるお庭とか好き」
 表情に自然探るような視線を向けて問いかけた総一郎に、ミサはまたはにかみ笑いを浮かべてやや乱雑に靴を脱ぎ、縁側へと上がってきた。
「なんだけど」
「?」
 膝立ちでにじり寄ってきたミサが、なぜか背中に回った。と思ったときには、後ろからやわらかくしなだれかかるように抱き着かれていた。柔らかな重みに、ふと口元が和らぐ。
「傍に、いたくて」
 囁きを落とされて、目を伏せる。厚みのある茶碗をそっと遠ざけてから、その手で肩に乗せられた彼女の頭に触れる。
「いいな。それ」
 耳にけぶった響きにはしっとりとした気配があって、それが言葉以上の雄弁さで彼の心に思いを伝えてくれた。自分の答えには多分に現金な響きが混ざっただろう。寂しいと伝えられて満足を返したのでは、いささか勝手がすぎるというものだ。
「愛してる」
 とはいえその言葉は、けっして詫びから出たというだけではなかった。満たされた気持ちをそのまま口伝えれば、その言葉になるより他にない。
「うん、大好き」
 純朴そのものの答えもきっと、彼女の胸に満ちた思いをそのまま形作ったものだ。それが伝わるからなおさら、微笑みは消えない。
 そのまま頭を撫でていると、首に回された腕にふと力がこもった。肩に顔をすりつけるようにして零された言葉はやはり、微かな湿り気を帯びている。
「ずっと会えなかったのに、庭で一人で遊んで来いって言われた気がした」
 意外な言葉に、手が止まる。心持ちはその前から伝わっている。意外に感じたのは、他でもなく。
「いいお庭だったけどっ」
 思いをぶつけるようにやや硬さと勢いを増した声に、だからすぐには反応できなかった。
「・・・庭はみるものだろう・・・」
 それは確かに、西洋などにはそうした趣向を凝らした庭園もある。イギリスの庭園などはその筆頭だろう。だがしかし、ここは日本の庭園であって。
「いいか。ああいうのは、遊ぶようにはできてないからな。ほんとに」
 ついつい、噛んで含めるような口調になってしまったのも、無理からんことだと思う。ふっと首に回っていた手が緩み、彼女が身を起こす気配がする。
「・・・そうか、遊んでたわたしが間違ってたのね。石とか敷き詰めてるお庭で、おおきな岩の上から、跳んだり滑ったりしてたの・・・」
 それは、彼女が間違っているというよりも、幼い彼女を止めもしなかった大人達が間違っているというべきだろう。それは確かに、子供に日本庭園の侘び寂や玄妙を理解しろというのはまずもって無理な話ではある、が。
「・・・コケとかは?」
 心なしか祈るような声音になってしまった総一郎の問いかけに、まだ首元に腕を絡ませたまま、ミサはふるふると首を振ってみせた。
「そこまでご立派なものじゃなかったよ、わたしが遊んでたのは。」
 それはせめてもの幸運というべき、だろうか。志の問題として、なかなかに言い難くはあるのだが。
「コケはさすがにねー」
 そう言って、多少弱々しい笑みを浮かべた彼女に、ふっと息をほどく。
「・・・立ち入り禁止の札でも立てておくか・・・」
 それはそれで景観を損ねること甚だしいのは確かだが、生のままで解放すれば数日を待たずに荒れさらばえるのは目に見えている。どちらがより涙を誘われるかといわれれば、まぁ、どちらも微妙だが。
 その様子を思い浮かべたのか、くすりとミサが笑う。どうにも笑いを誘われて、総一郎は改めて庭の全景に目を向けた。
「お前がそうなら、他はもっとひどいよな」
「他?」
「いや。日本文化をひろめてみようかと」
「なるほどー」
 妙にまじめくさった声で首肯したミサは、どことなく厳かに告げた。
「じゃあ札は必要ね」
「まあ、そうだな」
 下手をすればこの国の民のことだ。池の畔で鯉こくでも作りかねない。
 同じ想像をしたわけでもないだろうが、ミサはまたくすくすと笑いだし、そのまままたぺたりと彼の背に身を寄せてきた。先ほどとは違う甘い気配に、総一郎も気持ちを切り替える。
 ぎゅっと抱き着いてきた腕をとってほどき、身をよじるようにして彼女の腰に腕を回す。ささやかな抵抗もなしに捕らえられた彼女は、甘い笑い声を上げながら彼の膝の上に収まった。ふんわりと頬を赤らめた表情にまた満足し、総一郎は柔らかな身体を包み込む様に腕を回す。
 互いの体温を分け合うかのように抱擁の腕に込めていた力をふと緩めて、ミサはもぞもぞと可愛いラッピングの施された包みを取りだした。
「日本文化趣味のあんたにコレは厳しかったかしら。おはぎにすべきだったかしら」
 そんな述懐のような言葉と共に包みを差し出し、ミサは上目遣いにじっと総一郎を見上げてくる。それと視線を合わせたまま、ヤガミはふと目元を和ませた。
「バレンタインは好きだな。皆勤賞だ」
 実のところ、99%の確信はあったもののやはり最後の部分で不安は不安だったのだ。自明の理と思っていようとも、実際の形に表れなければやはりそれは夢幻でしかない。ただの思い込みでしかない。大丈夫とどれほど言い聞かせたところで、ただの言葉でしかない。
 そんなこちらの安堵を悟ったわけではないのだろうけれど、ミサは温かな笑みを浮かべて彼に顔を近づけた。頬に一瞬の、柔らかな感触。
「じゃあ、あげてもいいよ」
 そんな物言いにも、笑みがこぼれる。素直に手を伸ばして、総一郎はその包みを受け取った。
「ありがとう」
「うん。どうせ残すなら持って帰るから、いる分だけ分けとくのよ」
 笑顔のまま、ミサはそんなことを言い出す。長いつきあいで、互いの手の内が判りきっている相手というのは、こういう時にやっかいだ。そこまで言うのなら、たとえ一欠片で胸ヤケを起こそうと、彼女の手作りのチョコレートを誰にも(例え本人にも)渡す気はないのだと理解して欲しいと思うのだが。
「大丈夫だ。俺は訓練した」
 しかつめらしい物言いに、ミサはふいに身じろいで正面から総一郎の顔を見つめてきた。じいいいぃぃぃっと見つめられて、そのつもりはなかったのに視線が揺らぐ。
「……嘘だ」
 結局は堪えきれずに目を背けて、種明かしをしてしまう。その耳元を軽やかな笑い声がくすぐって、すぐに首筋に腕が回された。ぎゅっと抱き着かれて、包みを持った手をそのままに小柄な身体を抱き返す。
「一個だけは食べてね、それで満足」
 囁く言葉はそんなていで、見透かしているようでやっぱり判っていない。耳にかかった後れ毛をなでつける指の動きがふと止まって、ミサは頭をこすりつけるように寄せてきた。
「会えなくてさびしかった」
 思いの丈を吐露する声にはやってきたときと同じようなけぶる響きがあって、ついつい回した腕に力を込めてしまう。彼女を寂しがらせるなんてまったく本意じゃない。彼女の要望をなにはさておき叶えてやりたいと願っているのも、本当なのに。
「すまん。なにか考えよう。中々マイル収入がなくてな・・・」
「く、国のことばっかり頑張ってもらってるからよね・・・・ごめんね」
 あれやこれやの胸の内を押さえて事実だけを端的に伝えると、なぜかわたわたと身じろぐ気配でミサはまたぎゅっと抱き着いてくる。
「まあ、お互い様だな」
 彼女のことが第一なのは当然の話だ。けれどそれは必ずしも、彼女自身だけを対象とした話じゃない。彼女と今や分かちがたく結びついた国を護ることもまた、彼女を護ることに繋がっている。
 あるいは彼女が市井の娘だったなら、彼女のことだけに注視していればすんだだろう。けれど彼女は、数千万という民を抱える女王なのだ。その位置に自ら望んで立つような娘なのだ。そういう娘を自分は好きになった。
 ならば、彼女を護るということはすなわち、国を、世界を護るということと同義だ。そこに矛盾はない。多少、時に胸に寂びた風が吹くことがあったとしても。
「えーと・・・これあげる」
 ふいにまたもそもそと胸元で身じろいだ彼女が、なんとはなしの感慨に耽っていた総一郎の前にカードのようなものを差し出してきた。一瞥して、それがいわゆる相手との逢瀬を確約するマジックアイテムだと知る。
「いつか、わたしが報酬としてそれ貰ったら、あんたにあげようと思ってたの」
 普段よりもどこかあやふやでそのくせ熱を感じる声に、総一郎は微笑んだ。そのサインは思っても見なかった喜びに繋がる。逢いに来て欲しい、逢いたいと望んで欲しい、そんな慎ましやかな希望を感じて。
 判っているようで判っていない。それはきっと、こちらにもそういう要素があるということなのだろうけど。
「すぐつかうぞ?」
 そう、望まないわけがない。いつだって、どんなときだって、その望みは胸の内に湧き続けているのだから。
「そうね、ちゃんと会えるかな」
「大丈夫。予約する」
 考えあぐねる素振りを見せたミサに、総一郎は笑いながら顔を近づける。いつも彼女が口にする言葉をそのまま返すと、ミサは嬉しそうに眼を細めくすぐったげな笑い声を漏らした。
「ま、まあ予約がうまくいかなくても、わたしのほうから相談もしてみるから」
 胸にすり寄ってくるその肩を、しっかりと抱き直す。
「あんたが誘ってくれるの、楽しみにしてる」
「わかった」
 手を伸ばして、彼女の眼鏡を外し、そのまま口づける。微笑みの形を作っていた唇は、離れた途端に追いかけるように押しつけ返される。その仕草がどうにも可愛らしすぎて、自然と笑いが零れた。
「愛してる」
 囁く言葉は心に満ちあふれる想いそのもの。幾旬時を経ようと変わらない、真実そのものだった。
「毎日抱きしめたい」
 肩に回した手に力を込めれば、はにかむような笑みと共に甘い響きが胸に打ち寄せる。
「わたしも愛してる、だいすき」
 飾らないが故に純粋な言葉に、ふと兆した敬虔な想いを表すように額に唇で触れると、くすぐったげに身じろいだミサが胸元へと顔を埋めた。
「もっと抱きしめてほしい な、とか・・・」
 くぐもった声。密やかな吐息が生地を通り抜けて胸元をくすぐった。
 包み込む様に深く深く、胸元に抱え込むように抱きしめたのは、その言葉に応えたからだけじゃない。心に満ちる想いを、唇から零せばそれは愛の言葉に変わる。想いに身を預ければ、それは抱擁になり口づけへと変わる、そういうことなのだ。


/*/


 彼女との逢瀬に使った部屋や家は、用心の一環として大抵その後時期を見て手放してしまうのが普通だった。そんな彼がたった一つだけ手放さずにいるのが、二人並んで庭を眺めたあの武家屋敷だった。
 時折、思い出したように庭を観に行く。忙しい日々の隙間に落ちるように、ふと足を向けてしまうのだ。まるで庭に呼ばれでもしているように。
 時間によって容貌を替える庭は、四季折々にもまた艶やかな変化を見せる。南国のこと故明快にすぎないのが逆にいっそう、時が経ったことを肌身に染み入るように伝えてくれている。
 変化は、それだけではない。彼女が覗き込んだ池に泳ぐ鯉は、もうすっかりと代替わりしている。人の手がなかなか触れない場所にある置き石に生した苔は、今はもう完全に石を覆い尽くしている。熱さには弱い灌木の一部も、ひっそりとだが異なるものへと置き換わっている。
 もう二度と、彼女とここで並んで庭を眺めることはないだろうと思う。息づかいや温もりをすぐ間近に感じ、その内に息づく魂に思いを馳せたあの時は、留まることのない流れが彼方へと運んだ。
 その同じ流れが、この庭の姿を変えていく。その姿を見るにつけ、思うのだ。時間によって磨かれるものは確かにあるのだと。清流が砕いた石を玉に変えるように、変化によって究極へと近づいていく、変化に磨かれることによってしか完成しえないものは確かにあるのだと。
 いや、恐らくそうしたものに、『完成』などというものはないのだろう。長い時間をかけてより極限へ、極限へと、螺旋を描くようにして進んでいくのだ。その先にはけれどきっと、ゴールなどはなくて。
 そうして、その変化を宿したまま、この庭はただここにある。永遠の未完成を内に抱えたまま、絶え間ない変化を続けながら存在し続ける。それはまるで、人の写し身のようで。
 あの時は戻らずとも、あの時は確かに此処にあった。あの時の想いは戻らずとも、想いは今も胸にある。絶え間なく変化しつつ、訪れることのない完結に向けて、より精緻に磨き上げられながら。
 注ぎいれた二杯目のお茶をゆっくりと含みつつ、総一郎は仄かな春の香りをもろともに楽しむように、ふくよかなまなざしを眼前の小さな宇宙へと注いだ。

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