ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS ヤガミ・ユマ@鍋の国様からのご依頼SS-5

<<   作成日時 : 2011/05/15 22:55   >>

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『結婚でもするか?』
 それは本当に本当に、いつもの自分の迂闊な癖が出た瞬間だと、口にしたその時は思ったのだ。泣きじゃくる彼女はただただ可愛くて、腕に抱きしめているだけで眩暈がしそうなくらい幸せで。ひどい男だと後でいくらなじられてもいいと、そう思った。かつてないくらいに強い、この酩酊感。
 喉をふわりとくぐり抜けたその言葉に、ヒサは泣きはらして真っ赤になった目を見開いた。その顔を見返して、あ、と思った。だが。
『する』
 ぎゅうっとしがみつくように抱きしめられて、耳を駆け抜けた返事に自然と息はほどかれた。迂闊な言葉を口走ったときの、いつもだったら覚えるはずの冷たい感覚は、まったく訪れなかった。そのかわり覚えたのは、先ほどのそれをあっさりと凌駕するほどの圧倒的な幸福感。
 何故だろう、幸せはあまりにすぎると胸が苦しくなるものなのだろうか。泣きたいほどの、という常套句は、例えでもなんでもないのだと知った。
『うん』
 そうして、あまりにすぎる感情のうねりは、人を限りなくシンプルにしてしまうのだということも。
 頷くことしかできない。強く抱きしめることしかできない。今もひくひくと喉を震わせて泣き続けるヒサを、そうしてただ感じること以外、なにも思いつかない。
『愛してる』
 息を吸い、吐く、その流れのうちにふとこぼれ落ちた言葉もまた、何一つ飾りのないシンプルな玉のようだった。ぎゅ、とまた、ヒサの腕に力がこもる。
『はい、私もです。うれしい』
 たどたどしくおぼつかない言葉の連なりは、彼女もまた自分と同じように言葉を失い、懸命にたぐり寄せた結果だろうか。
『愛してます』
 洪水のような涙の向こうから、そんな言葉が彼の心へと落ちてくる。それはシンプルで、美しく磨き上げられた宝玉のようだった。


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 夏の園は記憶にあるものよりもずっと熱く、降ってくる人も殺せそうな陽射しにヤガミは何度目かのため息をついていた。このままいたら、遠からず日射病になりそうだ。
 とはいえ、ここが彼女との待ち合わせ場所だと考えれば、そうそう簡単に撤退するわけにもいかない。こめかみを伝い落ちる汗を一度ぬぐって、ヤガミはゆらゆらと道に立つ陽炎に目を細めた。
「大丈夫!?」
 突然背後から大声で呼びかけられて、それが愛しい待ち人の声だと認識しつつ振り返る。大丈夫、だなんて、いったい何がどうしたんだ、そんな不思議が不安に変わる前に、視線は身を伸び上がらせてこちらの顔を覗き込んでくるヒサを捉えていた。いつもと同じ大きな瞳をいっぱいに見開いた、貴方が心配なのだと全身で訴えかけてくるようなその姿。
 そこに先日逢ったときの苦渋の翳りがないことを確認して、ヤガミは彼女の体を受け止めるように腕を伸ばしながら訊ねた。
「なにが?」
「ね、熱中症でもおこしてたらって、おもった……」
 そう言いながら、ヒサの目は忙しくヤガミの顔と体を往復する。とりあえず見た目の異常がないことを確認してか、彼女は上げていた踵を下ろしてほーっと息をついた。それからまた、上目遣いに彼を見上げてくる。
「え、えと、こないだはごめんね。元気? 風邪ひいてない? 怪我してない?」
 あわあわ、という擬音を絵に描いたような有様に、どうしたって口元は和らいでしまう。
「いや、お前のほうは・・・大丈夫じゃなさそうだな」
 現れるなり混乱の様相を呈する彼女は、それはそれで愛らしくはあるのだけど。宙に浮いていた腕をさりげなく上げて額の汗を拭き、ヤガミは改めて彼女を見下ろす。この前の辛そうな様子はもうそこにはないけれど、あの混乱はひょっとしてまだ尾を引いているのかもしれない。
「散歩でも行くか」
 まずはいつものペースを取り戻させよう、そう思っての提案だった。先にたって歩こうとして、ついてくる気配のない相手を振り返る。
「え……あれ」
 両手を組み合わせるようにぎゅっと握った姿で、ヒサはあいまいに唇の端をあげたちぐはぐな表情で視線を地面へと落としていた。
「そかな。うん……」
 ぽそりと呟く唇が震え、あいまいさから不安定さが露出する前にヒサは顔を上げた。感染しかかった不安感は打ち消され、ヤガミは小首をかしげるようにしたヒサの伺うようなまなざしを受け止める。
「うん。あの、くっついてもいい?」
「嫌じゃなければ」
 ことさら柔らかな口調を心がけてそう告げると、ヒサはぱっと顔を輝かせて小走りに彼との距離を詰めた。そのまま体当たりするように抱きついてきた小柄な体をそっと受け止め、自然と見下ろすまなざしは和やかなものへと変化する。
「ぜんぜん!! 嫌なわけないですっ」
 思いのたけを込めたような腕の力に逆らわずに、胸元に押し付けられた頭をそっと撫でる。
「ただまあ、人とくっつきたくない時もあると思ってな」
「ううん。ううんー……うれしい。やっと会えたあ……」
 胸元に押し付けたままの頭をふるふると振って、ヒサはなおさら強く腕に力を込め、それから全身の力を抜くかのように深く息を吐き出した。身を預けるような重みを受け止めて、ヤガミは深くなる微笑をそのままに目を細める。
 不意に一瞬弱まった腕の力が、ためらうように強さを取り戻す。しっかりと抱きついたまま顔だけを上向けて、ヒサはまた小首をかしげた。
「あ、あんまりくっついたら暑いかな。平気?」
 そんな風に聞かれたら、答えなど決まったようなものだ。そもそも、何もしていなくたって暑い場所なのだ、ここは。
「いや。俺は大丈夫だ……夏の園にして当たりだったな」
 くすりと笑みを漏らして、ヤガミは豪華な髪に半ば隠された彼女の体を見下ろす。
「今日はそんな格好するとおもっていた」
「よかったあ」
 嬉しそうに目尻を下げて笑った彼女は、ふと気づいたというようにぱちりと眼を見開いた。
「うあ。すごいー」
 抱きついていなければきっと手を打ち合わせていただろう、はしゃいだ声音にヤガミは首をかしげる。
「何がすごいんだ?」
「格好当てられるとは思いませんでしたっ」
 そういって、ヒサは腕を解き、一歩下がって自分の格好を見下ろす。戻ってきた瞳は、まぶしく感じられるほどに明るく輝いていた。
「最近ずっと、長いの着るようにしてたのに」
 着るようにしていた、という言葉にまた笑いが漏れてしまう。そうだろう。その理由も、簡単に推測可能だ。こちらに、気を使っていたのだろう。
「いや。お前は単純だから」
 そう言いながら、今度こそ先に立って歩き出す。露出度は高いが黒を基調にした服だ。この陽射しの下では遠からず熱射病に陥ってしまうに違いない。その前に、せめて木陰に落ち着きたい。
「た、単純なのは認めますが、どおいう理由で……!><」
 そんなことを叫ぶように口にしながら、ヒサが追いかけてくる。手の中に滑り込んできた小さな手の感触をぐっと握りかえして、ヤガミはまた軽やかな笑い声を上げた。
 海沿いの道を手を繋いで歩きながら、他愛のないことを話す。大事なのはきっと、話す言葉の内容よりもそこに籠められた心だ。そこに心が乗らなければ、全ての言葉はただの音の羅列でしかない。そこに熱が、深みが、豊かさが与えられるのは、思いが、魂が宿るから。
 他人が聞いたら暑さの上に熱さを重ねていると思われるだろうとろけた会話も、多少の気恥ずかしさはあるもののそれほどのためらいもなく口をつく。いや、本当を言えば結構恥ずかしいのだが、それよりも彼女の嬉しそうな恥ずかしそうな表情を見られることのほうが嬉しくて。頬を真っ赤にして伏せられた睫が揺れるさまが、言葉もなくなるほどにいとおしい。
 連鎖反応的に蘇ったあの雨の日の記憶に、不意にポケットに入れた小箱の存在を意識させられる。
 そう、今日のデートには一つの明確な目標があるのだ。もう一度、きちんとした形で、彼女に求婚するという。
 もちろん、この前のあれをノーカウントにしたいわけではない。あれはあれで、実に自分たちらしい流れではあると思うからだ。とはいえ、求婚や結婚は一生に一度の(そうでなくては大変に困る)重要なイベント、いわばセレモニーだ。なればこそ、きちんとした形を踏んで彼女の記憶に残したい。
 今だ、という声なき声にささやかれ、ヤガミは彼女を抱いていた腕を離し、ポケットに忍ばせていた小箱を取り出……そうとして手を止める。
「なんだそれは」
 ヤガミの頭をさわさわと撫でていたヒサは、その言葉に背伸びしていた踵を下ろしてえへ、というように笑った。
「目をそらされたので」
 そんな覚えはないのだが。そう言われれば、ポケットを探っている間視線はそれたかもしれないが。
「な、なんとなく……」
 上目遣いの、困った様子をごまかすような笑みに、ふと苦笑がもれる。なんだか今ので、頭に描いていた段取りがぶっ飛んだ気がしなくもないが、それはそれだ。
「いや、さがしてただけだ」
 取り出した小さな箱(ずっと持ち歩いていたせいで少しよれた様子なのは全力で無視する)を、ヤガミはヒサの目の前にかざした。あわてて伸ばされた両掌に、そっとそれを置く。
「ほら、先週からポケットにいれっぱなしで悪いが」
 大きく見開いたヒサの目が、箱に向けられ、ヤガミの顔に向けられ、また箱に向けられる。
「……あ、あけていい?」
 わずかにわなないた問いかけに、ヤガミはそっけなさを装って頷いた。
「たいしたものは入ってないぞ」
 ヤガミのそぶりにほんの少しだけ衝撃が払われたのか、ヒサは泣き笑いのようにくしゃりと顔を緩めて笑う。
「前にも言いましたけど、ソーイチローがくれるっていうのが。嬉しいんです。えへへ」
 そう言って、ヒサは改めて神妙な顔つきになり、そおっと小さな箱を開けた。視線が一点に吸い寄せられ、動きが止まる。動かぬ彼女の目から不意に大粒の涙が零れ落ちるに及んで、ヤガミはそのままヒサを抱きしめられる距離へ足を踏み出し、彼女の顔を覗き込んだ。
「どういう反応だ」
 反応の意味を読み取った上であえてそうそらしたのは、半分はヒサを我に返らせるため、半分はただの照れ隠しだ。
「一応それなりのアイテムだぞ」
 あえてそんなことを口にすると、ようやくヒサの視線がヤガミへと戻ってきた。同時にまた顔がくしゃくしゃとゆがみ、泣いているのか笑っているのかいっそう判らなくなる。ぎゅっと一度目を閉じて目尻にたまった涙を落とし、ヒサは投げつける勢いで声を上げた。
「うれしなみだですっ」
「そうか」
「そ、それなりとかは、よくてっ」
 言葉の途中からふらりと体がかしぐ。倒れ掛かる体を反射的に抱きとめれば、そのまま背中に腕が回され、ぎゅっと強くしがみつかれる。顔が押し付けられた部分がじんわりと濡れていくのを感じながら、ヤガミは彼女の髪をゆっくりと撫でた。
「うれしいの。ありがとう」
 こぼれた囁きはかすかに震えていて、あふれかえる感情の波がこちらの胸にも押し寄せてくる気がした。深い深い感慨と同時に気恥ずかしさも覚えて、ヤガミは自分の感情をも茶化すように意識して更に唇を吊り上げる。
「結婚しようと言ったのを忘れてるとおもったのか?」
 揶揄の言葉に、小さな頭がいやいやをするように振られた。
「そうじゃないですー……」
 それでも抱きついた腕は解かれない。逆にいっそう力が込められたようにも感じられて、お返しのように髪を撫でる手にも力がこもってしまう。同じように抱きしめたくとも、自分が強く力を込めたら彼女は壊れてしまうかもしれなくて、もどかしい思いが胸を掠める。
「う、うれしいの。すごく」
 たどたどしく紡がれる言葉に、感情の波の大きさを感じ取る。自分の心の揺れも、同じように伝わっているのだろうか。
「冗談の照れ隠しだ。バカ」
 そのことがどうにも気恥ずかしくて、ついついまたぶっきらぼうな口調になってしまう。それでも柔らかな髪を撫でる手の動きは止められず、やわらかく腰を抱いた腕も解けない。誰かに見とがめられたらと思う気持ちだって、確かにあるのに霞がかかったように遠くて。
 しばらく無言のままヤガミを抱きしめていたヒサが、ふいに小さくもぞもぞと動いた。抱き着いた腕をほどこうとしないまま、顔だけ上げて彼を見上げてくる。
「は、はめてもらって、いいですか……」
 先ほど手渡した指輪を、嵌めて欲しいと思っているらしい。それこそ、自分とてやりたいことなのだから、その提案自体は願ったり叶ったりなのだが。
「いいぞ。でもまあ」
 髪を梳くように撫でながら、ヤガミはヒサにも判るようにあからさまな視線を送る。
「その状態じゃ出来ないな」
 笑いながら告げた言葉に、ヒサはこくこくと頷いた。
「が、がんばります……」
 なにをどう、頑張るのか。まぁそれは、見ていれば判ることだろうとは思うのだが。というかこう、自分でも本当にしょうもない話だとつくづく思いはするのだが、なんでこういちいち可愛いのだろう。可愛さで殺されそうな気持ちになるとか、あり得るか、普通?
 とはいえもうつきあいもいい加減長い。そうして、自分の感情を押し隠すことについてはいささかの自負もある。
「急がないでもいいぞ。のんびりまってやる」
 などとからかいめいた余裕ありげな態度も、装えてしまうくらいには。
 言葉通り抱き着いたままあわあわとパニックでも起こした素振りを見せていたヒサは、不意に腕をほどくと腰を抱いていたヤガミの手をぎゅっと掴んだ。そのままもぞもぞとヤガミの腕の中で身体を反転させる。背中を預ける形でもたれかかり、改めて取った腕をウエストへと回させ、ヒサはやり遂げた感のありありと漂う笑顔でヤガミを見上げた。
「こ、これで、どうでしょうか……」
「恥ずかしいな」
 一連のやりとりといい、今の自分たちの体勢といい。それでもやはり、彼女の笑顔に勝るものはないのだ。
 彼女の手から小箱を受け取って、中身を取り出す。そっと伸ばされた左手は、緊張のためか微かに冷たく、震えていた。細い手首の辺りを支えるように持って、ヤガミは指輪をそおっと華奢な薬指に通した。
「これでいいか?」
 問いかけに戻ってきたのは沈黙だった。手の甲を目の前に上げてきらきらと輝くそれを見つめていたヒサは、やがて吐息をほどくようにして手をぎゅっと握りしめた。
「あわないか?」
 そんなはずはないと思いつつ、いささか不安になって言葉を重ねる。ヤガミにもたれかかったまま、ヒサは長い髪を揺らすように首を振った。
「うん……! ぴったりですっ」
 握りしめた左手を右手で包み込むようにして、ヒサは祈りでも捧げるようにふっと俯く。
「うれしい。どうしよう。すごくどきどきします」
 先ほどの手と同じように、囁く声も僅かに震えていた。そこに水気が混じり出す前に、ヤガミはあえて軽い調子で声をかける。彼女に涙されるのは、今でも苦手だ。それがたとえ、嬉し涙であっても。
「そりゃよかった」
 腕を回して抱きしめるように肩を抱き、唇を落とそうとして止める。この体勢では無理がありすぎる。特に、彼女の方に。一瞬のそんな躊躇が意識を冷静な方へと押し戻してしまい、ヤガミは腕をほどいた。
「恥ずかしいな。中々。散歩にでもいくか」
 心中をあえて吐露することで場の空気を流そうとした目論見はしかし、不意に振り返って背伸びをした彼女によって破られてしまった。
「照れなくても。えへへー」
 そんなことを言う唇がもう一度近づいて、啄むように軽く触れる。真っ赤な頬に掌を押し当て、ヒサは咲きほころぶような笑みを見せた。揺れた睫毛が、ふっと頬に影を落とす。
「しあわせです。ありがとう」
 しみじみとした口調での改まった台詞に、呼応したかのように胸に感傷的な想いが浮かび上がってくる。ここに辿り着くまでに、本当にいろいろな事があった、そんなあれやこれやが。
「……気にするな」
 兆した感傷を振り払うように、短くそう呟いてヒサに微笑みを向ける。それに眼を細めて笑い返したヒサは、不意になにかもじもじとした仕草を見せた。なにか言いたげな上目遣いに促すように視線を向けると、途端にまた頬に赤みが差していく。
「いえその。えーと」
 もじもじと服の裾をつまむようにして、一度宙をさまよった視線はまたヤガミの顔へと戻ってくる。照れ隠しなのかいつもよりふにゃっとした笑顔で、ヒサはちょっと首を傾けた。
「わたしからもわたせたらって思っただけです」
 いきなりなんだ。いや、なんだってことはないが。まぁ当然その流れになるだろう事は予想してもいたが。とはいえ、とはいえだ。
「……恥ずかしいからいい」
 言葉の直撃は自分で思った以上のダメージだったようで、うっかりこぼれ落ちたのはなんのフェイクも入らない本音だった。そう、大変今更だと自覚しているがあえて指摘すれば、ここはリゾートエリアの公道なのだ。その上更に言うのならば、真っ昼間でもあるわけで。
「……えへへー」
 幸いにしてダメージ倍増しそうな切り返しを口にすることなく、ヒサは紅に染まった頬をそのままにふにゃっとした笑みを顔いっぱいに広げる。
「でも、わたしは、すごくうれしいです。ありがと」
 そっと、宝物をくるむように、右手が左手に触れる。だから、そういう顔だの素振りだのは、反則だと思わないのか。
 判ってる。どうせ抵抗したところで無駄なのだ。きっと彼女と出会ったその瞬間に、この遺伝子の持ち主には逆らえないとかなんとか、こちらの遺伝子が書き換えられでもしたのだ。そうに決まってる。でなかったら、どうしてこんなこと。
「急げ」
 左右に素早く視線を走らせて近づいてくる人影がないことを確認し、ヤガミはポケットからむき出しの指輪を掴み取りヒサに突き出した。その剣幕に押されたのか、ヒサは慌てたようにそれを受け取ると、ヤガミの左手をとって迷うことなく薬指に嵌めた。手を取ったまま一仕事終えたというような溜息をふっと漏らして、その視線が上がる。
 白昼堂々天下の公道で、真っ赤な顔で手を取り合って見つめ合うなんて、どんな未来予想図にも書かれていなかったはずなのに。
「……結婚してください」
 真剣な顔でそんなことを言われて、どうにも形容のしようのない想いが腹の底から間欠泉さながらに吹き上げてきた。
「俺が言う台詞だ。ばか」
 咄嗟に噛みついたのは、その激情をなんとかそらすためでしかなかった。
 このままここで、時間が止まってもいい、死んだって構わないだなんて、本当にどうかしてる。
「わ、わたしも言おうと思ってーー」
「愛してる。結婚してくれ」
 慌てたようなヒサの言葉を遮って、一息に告げる。はっと息を飲んだヒサが、その勢いに応じるように、打てば響くタイミングで口を開いた。
「はいっ」
 そう言った拍子に、また目尻からぽろりと雫がこぼれ落ちる。浮かぶ満面の笑みはそのまま、ほろりほろりと雫は紅潮した頬を濡らしていく。
 今度こそ伸ばした手を止めることなく、ヤガミはヒサの身体と頭に腕を回して抱きしめた。せいいっぱい力の加減をしつつ、泣き止まない顔を自らの胸元に押しつけるようにして。
 彼女からそうして視界を奪って、浮かべたのは照れ笑いとも苦笑ともつかないそれだった。なんとか格好をつけようとしても、やっぱりうまくいくものじゃない。ヒサの心に残るような、スマートで格好のいいプロポーズ、そう思っていたはずなのだが。いい加減こういうがっかりからは逃れたい、そんな決意もけっきょく水の泡だ。
 スマートでなくともかっこよくなくても、それこそ支離滅裂でも、自分の心にはいつだってこれ以上ないほどに記憶は刻みつけられる。この、涙をぽろぽろ溢れさせた笑顔だって。
 そうしてその記憶はいつでも、蘇らせることができるのだ。その時覚えた溢れかえるような愛おしさと共に。
 自惚れてもいいとして、もしも彼女もそうなのだとしたら、残る記憶はなるべくいいものであって欲しいと願ってしまうのは、まぁ男心というものだ。どうしてなかなか、それが叶うことがないのが、実情であるのだけれど。
 それもまた、自分たちらしいと言えばらしいのかもしれない、苦笑と共にそんな事を思い、ヤガミは腕の中の大切な大切な存在を、許されるぎりぎりの力の強さでぎゅっと抱きしめた。

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