ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS ゆり花@akiharu国様よりご依頼のSS

<<   作成日時 : 2011/06/06 06:46   >>

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 最初にその話を持ちかけられたときに、激しく興味をそそられたのだ。
 「兄候補を探している少女がいる」、そんな提示に、興味を持たずにいられようか。
 言うまでもなく、兄弟という関係はなろうと望んでなれるものではない。また、なりたくないと願ったからとてなくすことなど出来ない。その媒介は肉体を作り上げる血肉であり、意味するところは同じ遺伝子の流れに連なること。
 婚姻が「死が二人を分かつまで」という契約によって成立するものであるのなら、兄弟や家族といった関係は死によってすら消滅することはない。ただ、相手がいなくなるだけで。
 もちろんその少女が言っているのは擬似的関係であり、当人もそれは判っているのだろう。判った上で、そうと望むというのだ。その心は、いったいどこにあるのだろう。
 そんな興味と共に出会ったのは、金の髪と空色の瞳を持った快活そうな少女だった。とはいえ、人がその外見通りとは限らないのは世の常だ。ましてや、この世界では。
 兄を望む少女に、理想の兄の振る舞いをすることはたやすかった。さまざまな世界で権謀術数に携わり駆け引きを繰り返してきた自分には、その程度のコントロールはなに程のこともない。穏やかな笑顔を貼り付けたその下で、昇はその少女をじっくりと観察した。時に相手の本心を引き出すように、言葉の揺さぶりを向けもした。
 その結果判ったことと言えば、少女は意識してそれを演じているのではない、ということだった。彼女の言動一つ一つは紛れもなく本気か、または本気であると己自身にすら完璧に信じ込ませている、そういうことだ。
 そうである以上、この問いかけも無意味だろう。あの提示は、暗に彼を名指ししたものではなかったのか、何故そんな回りくどいやり方で彼とコンタクトを取ろうとしたのか、その狙いはなんなのか。
 彼女自身が寸分の疑いもなく自分が兄を望んでいるのだと信じ切っているのなら、その奥に異なる意図が隠されていたとしても引きずり出すのは容易なことではない。他に考えられるとすれば、彼女のそうした意志を利用して、何者かがなにかを企んでいるかもしれないということだ。そうだとしたら、それは彼女自身に確かめることではないだろう。
 いずれにしろ、彼女自身にはさして危険はない。とすればやはり残るのはもう一つの謎だ。彼女は、なにを思って擬似的兄妹関係を結ぶ相手を欲したのか。
 自分が渡したゆりの花を嬉しそうに抱いて去っていった姿を見送り、昇は改めて考える。それはひょっとしたら、彼女自身よく判っていないことなのかもしれない。いずれにしても、しばらく付き合ってみるよりないだろう。幸いなことに、彼女は妹と呼ぶのに引っかかりを覚える相手でもなければ、呼び出されて付き合うのに苦になるタイプでもなかった。
 それに恐らく、この擬似的兄妹関係をより楽しんでいるのは、自分の方かもしれないのだから。

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 akiharu国に吹く風は強かった。空に太陽は照り輝いているが、暑さはさほどでもない。この強風はこの時期特有のこともあるだろうが、風を遮るものがあまりないことも大きな一因だろう。
 風が運んでくる砂が、ひっきりなしに顔や身体に当たる。この国もだいぶ、砂漠化が進んでいるようだ。眼を細め気味にしつつ、昇はゆり花の出現を待った。彼らが現れるときはいつも、唐突、かつ一瞬だ。まるで何者かの気まぐれのように。
「兄さんー!」

 現れた彼女は、いつもよりも少しシックな装いだった。この国の恩人の墓を詣でたいと言っていたので、その為だろう。こちらに手を振りながら小走りに駆け寄ってくるのを歩み寄って迎えながら、以前と変わりないかをざっと確認する。
「今日はお越しいただいてありがとうございます!」
 目の前でぺこりと頭を下げた彼女は、満面の笑みで彼を見上げてくる。その目を捉えて、昇は問いかけた。
「体調は?」
「体調はかなり回復しましたー!」
 確かにいつも通りの元気のいい返事に、つられるように口元がほころぶ。こちらの表情の変化を見て取ったのだろう、ゆり花は笑顔のままくすぐったげに眼を細めた。
「えへー」
「よし」
 嘘ではなく、隠している様子もない。そのことを確認して、昇は一つ頷いた。そのまま、彼女に背を向ける。兄としては、妹の元気な姿が見られればそれで充分なのだ。
「まってください!」
 背中にぶつかってきた必死な声に、足を止める。振り返るタイミングで、ちょうど駆け寄ってきたゆり花が目の前で足を止めた。ぎゅっと握った両手を胸の前にファイティングポーズのように構え、今にもつんのめりように身を乗り出して。
「なぜ?」
「なんで行っちゃうんですかー」
 問いかけと抗議の言葉が交差する。自分を見上げる潤んだ瞳に、昇は優しく声をかける。
「遊びに行ってきていいよ」
 その言葉に、ゆり花は大きな目を更に見開いた。
「今日は、遅いけど、ゆり花の誕生日のお祝いなんですー! 一人にしないでください」
 ぶんぶんと首を振る勢いで、きれいな金色の髪が宙を跳ねる。
「兄さんと一緒がいい」
 再びひたと向けられたまなざしに、昇は苦笑した。こうして接していると、彼女は本当にただの少女でしかない。こちらの方も、兄としての役割を演じるうちに気持ちがなじんできたのだろうか。こんなわがままを向けられるのは、決して悪い気分ではなかった。
「友達とかいるだろう。プレゼントはあとで届けておく」
「やだー!兄さんがいいですっ」
「仕方ないな・・・」
 いっそ小気味いいくらいの駄々をこねられて、苦笑はますます広がるばかりだ。このやり取りもまた、兄を欲した彼女の望んでいたとおりのものなのだろう。それはそれで、悪いわけではないのだが。
「友達くらい、持った方がいい」
「友達がいないわけじゃなくて、兄さんがいいんですってば…もー」
 噛んで含める言葉に、ゆり花はむくれたように唇を尖らせる。たいそう可愛らしいその表情に相好を崩しつつ、昇はゆっくりと手を伸ばした。まだ握った手を構えたままきょとんとなったゆり花の、きらきら光る金色の髪を長い指で梳き分け、かき上げた髪の束を手に持っていた髪飾りで止める。彼の突然の振る舞いにわずかに身を硬くしていたゆり花は、まだ驚き覚めやらない表情のままぱあっと顔を赤らめた。
「ありがとう、ございます…」
 少し前までの振る舞いが嘘のようにおとなしくなって、ゆり花は下ろした手をもじもじとまた握る。わずかにうつむいたせいで、髪飾りがよく見えた。光をはじいてきらめくそれに、昇は満足げな視線を向ける。やはり、よく似合っている。
 しばらく恥ずかしげな様子をみせていた彼女は、不意に顔を上げると昇の手を両手でぎゅっと握ってきた。
「今日はゆり花に付き合ってくださいねっ!」
 上目遣いに小首をかしげ、にこっと笑顔を向けられて、昇はそれを受け止めるように口元を和らげた。きれいな髪にもう一度触れ、そっと掌を滑らせる。演技であるはずの微笑は、彼自身の思惑を越えて深い。
「そうだね。これが最期になるといいんだけど」
 囁くように告げた言葉は、そこにいたるまでにさまざまな要素が絡み合っていはしても、紛れもなく本音だった。


 周囲が砂漠化した郊外の道をたどり、着いた先はそれまでの景色が嘘のような豊穣たる緑の楽園だった。あるいは今まで見てきた光景こそが幻だったのだと錯覚してしまうほどに、目の前の風景は豊かに懐かしい。一時はこの国の守護者でもあり、その身を挺して危難にあえぐ世界を救い上げた賢女に、これほどふさわしい墓標もないだろう。
 巨大な樹とその裾野に広がる低い木々や群生した花々を見渡し、昇は覚えた感慨を呟いた。
「ここは緑がたくさんだな・・・」
「さすがレディ…」
 やはり声を潜めるようにしてそう応えながら、ゆり花も半ば夢見るようなまなざしを聳え立つ樹に向けている。わずかに細められた目には、目の前の光景を突き抜けてどこか遠くを見ているような、そんな光が揺れていた。
「一度お参りしておきたかったんです。本当はお会いしたかったんですけど」
 ゆり花が進み出て巨木の根元に抱えていた花束を置き手を合わせるのを、昇は一歩退いた位置で見ていた。この位置からではもはや樹の先端を見ることさえ不可能だ。あるいは彼女は死した今でさえ、こうしてこの国を、ここに集った意思を守ろうとしているのかもしれない、ふとそんなことを思う。
「・・・レディ、か」
 感慨深げな一言に、振り返ったゆり花がにこっと控えめな笑みを漏らした。
「ありがとう、兄さん」
「いや・・・僕も、あってみたかったな」
 首を振って、再び見上げるほどの巨木に目を向ける。彼女の大いなる無私の心に賛同できるかどうかはまた別として、叡智の塊のようだったその知性とは、言葉を交わしてみたかった。
 ですよね……などとしょんぼりとした風情で呟いたゆり花は、俯いたままぱちりと瞬いて、昇の足元に視線を向けた。

「…えー。ところで。その旅行鞄は?」
 躊躇いがちの言葉に、ようやく問いかける気になったかと昇は内心苦笑した。
 並んでここまで歩いてくる途中でも、随分この鞄のことを気にしていたのは気がついていた。すぐに訊ねてこないということは、こちらに対してなんらかの疑念を抱いているという証でもある。恐らくは今この世界に進行している事件に、なんらかの関わりを持っているのではないかとでも、思っているのだろう。
「飲み物に食べ物、お菓子が少し」
 簡潔に告げても、眼差しに滲む疑念の色は消えていない。もっと判りやすく苦笑を面に出しつつ、理由を口にする。
「スーパーインフレでここ最近、お店を利用出来ない」
 その言葉にようやく、上目遣いだった顎が上がった。はっきりとこちらを見上げる眼差しで僅かに頬に朱を乗せ、ゆり花は照れたように微笑んだ。
「ああ、なるほどです。じゃあ、ゆり花実はお弁当作って来たんですが、食べますか?」
「いいね。ゆり花のほうがおいしそうだ」

 前回一緒に食べたケーキを思い出して、昇はやわらかく微笑む。子供っぽい振る舞いも多い彼女だが、こうして会う度に自分の作ったものを食べさせようとするのはとても女性らしい。おそらくよき妻、よき母になるだろう。いい相手に恵まれれば、幸せな家庭を築くことができるに違いない。
 昇の言葉に、ゆり花はえへへと嬉しげに笑いながら胸を張る。自分の持っていた鞄からお弁当の袋を取り出そうとし、ふとその手を止めてどうしようか考えるように辺りを見回しだす。昇は先に立って、レディの樹の根元の土から浮き出した太い根の一本へと腰を落ち着ける。ぱっと笑顔を浮かべてその側へと走り寄ってきたゆり花は、隣に座る前にふと顔を上へと向けた。
「じゃあ、レディも一緒にお弁当にしましょうか!」
 そう言ってから改めて、昇の隣に腰を下ろす。いそいそとお弁当の準備を進めるゆり花の様子を、昇はのんびりとした気分で眺めた。
 癒される、というのは今ひとつ適切ではない気がする。自分は疲れているわけでも憂鬱になっているわけでもない。ここのところの状況の急転で、この世界はいっそう殺伐としたものへと変化しつつあるけれど、そうした空気は嫌いなわけではなかった。むしろまるっきりの安定こそ、彼にとっては停滞そのものであり、衰退の兆候として忌むべきものだった。混沌のただ中に身を置くことの方こそが、充実していると言ってもいいくらいだ。
 ただ、ゆり花の側にいるときだけは、この恐るべき停滞も愛せる気がしてくるのだ。
 差し出されたお弁当箱の中身ははなかなかにカラフルで、食欲をそそられる。アルミホイルに包まれたおにぎりも、米が粒だっていて美味しそうだ。渡された箸を手に食前の挨拶をする間に、ゆり花は自分の分のおにぎりを一つ、先ほど置いた花の隣へと置いた。

「どうぞ、召し上がってくださいー」
 神妙な顔で手を合わせる横顔を、ほぐしたたらこ入りのおにぎりを口に運びつつなんとはなしに見つめる。と、振り向いたゆり花と目が合った。大きな瞳を細めるようにして笑い、ゆり花はそのままじっと昇を見つめてくる。揺らぐことのない一途な眼差しに、なんとなく気恥ずかしさを覚える。
「見ないでも」
「いいじゃないですか」
 にこにこ笑って、ゆり花も両手で持った自分の分のおにぎりをぱくつき始める。さっぱりとしたお茶で喉を潤しながら、甘い風味の卵焼きやコロッケにも手を伸ばす。味付けはどれも、彼女に似合った優しいものだった。
 待ち合わせた場所では砂混じりだった強い風も、木々に適度に遮られたこの場所では優しいそよ風だ。陽射しも随分と穏やかに感じられ、傍らの彼女は目が合う度に嬉しそうに微笑んでいる。

「こういうのが、幸せ、です」
 思いの他綺麗に箸を使いながら、ゆり花がぽつりと呟く。そう、それも彼女のような少女が口にするのには、随分と似合う言葉だった。この情景が、幸せ。ふんわりとした柔らかさで全てが包まれているような、暖かく淡い色彩だけで描き出されたような。どこにも、かすかにも、闇や暗がりのない美しい世界。
 ただ一人、自分の存在を除いては。
 それでも、それは満足のいく答でもあった。自分はいつかここを離れる。それは自明。美しい世界こそは箱庭。それも自明だ。
 そんな世界をもしも守ろうとするならば、内側にいてはならない。外にいてこそ、叶う望みなのだ。
 巡る思いを脇にのけて、昇は優しくゆり花を見下ろした。
「まだまだ子供だな。ゆり花は」
「兄さんが思ってるよりは大人です…と言いたいんですが、まあ、子供ですよね」
 言い返そうとしかかって、ゆり花は吐息を漏らし、それから困ったように微笑んだ。ぴんと立っていた耳がしおしおと伏せられる様子に、どうしたって微笑まずにはいられない。彼女と出会ってからもう何度目かの思いが、また胸をよぎる。
 この提案をしてきたのが、彼女のような少女でよかった。
「でも、髪飾りは似合うと思う」
 その思いは胸にしまったまま、昇は美しい金の髪に留まったままの髪飾りに目をやる。またぱっと顔に喜びを弾けさせて、ゆり花は幸せそうに笑った。
「ありがとうございますー。大切にします!」
「うん」
 その答えに満足して頷くと、ゆり花はなにかを思い出したとでもいうように不意に目を見開き、ぱちりと手を打った。食べ終わっていたお弁当箱を慌ただしく片付け、また鞄からなにかを取り出す。そろそろと振り返りつつ、ゆり花はまたどこか恥ずかしげな風情で昇を見上げてきた。
「ゆり花からも、バレンタインで渡し損ねたチョコもあげますね! 溶けてないといいんですが」
 はい、と差し出された綺麗にラッピングされた箱を、昇は注意深く受け取る。

「ありがとう」

 そう言って、期待に満ちた目をしたゆり花の前で、そろそろとその箱を開ける。出てきたのは金粉のかかった生チョコだった。豊かなカカオの香りに、昇は微笑んだ。
「おいしそうだね」
 すぐ食べ終わってしまいそうな分量だからこそ、食べてしまうのが勿体ないような気もする。そんな不条理感を楽しみつつ蓋を戻し、その手を上げかけて止める。
「おしぼり使いますか?」
 予想外の言葉と供にそっと濡れた布を差し出され、昇は傍らの少女を振り返った。
「ありがとう」
 礼を言いながらおしぼりを受け取り、手を拭き始めたところでようやく驚きが落ち着いてくる。
「良く気づいたね」
 正直な感嘆を口にすると、ゆり花はまた眼を糸のように細めて顔いっぱいの笑みを浮かべた。
「そしたらなでてくださいね。存分に!」

 そんなことを臆面もなく、はしゃいだように言う辺りはやはり少女のままだ。小さな笑い声を喉の奥で転がして、昇はおしぼりを脇に置いて両手を開いて見せた。 
「手がかわいてからね」
「はあい」
「綺麗な髪の毛だから」
 そう告げると、ゆり花はきょとんとした顔になった。すぐにその頬にじわじわと赤みが差し始め、ややあってから視線が落ちる。
「あ、ありがとう、ございます…」

 自分の爪先に視線を注ぐようにして、ゆり花は真っ赤な顔のままか細い声で礼の言葉を口にした。俯いた横顔はその名の通りの花が風に揺れる様を思わせる。
「その反応なら、もてる。大丈夫そうで安心したよ」

 そう、彼女が夢見る美しい箱庭の世界に相応しい男がいつか現れて、二人は幸せに暮らすだろう。まるで童話の世界の王子と姫のように。その時にはもう、自分の姿はそこにはないだろうけれど。
 それでいいのだ。自分は兄だから。兄とは、妹の幸せを願い守るものだ。その心も、夢も、なにもかもを守るために、存在するものだから。
 全ては自明だ。なのになぜ。
 覚えた胸のざわめきがなにを意味するのか、けれど知ろうとは思わなかった。それでもその不穏さは、僅かに指先に伝わってしまった。それが証拠に、その髪を撫でてもいつものように彼女は笑わない。
「兄さんにもてれば十分なんですけど…」

 いつものように拗ねた口ぶりでもなく、ねだるような上目遣いでもなく。まっすぐに昇を見つめた瞳が、ふと伏せられる。
「ていうか。本当のところ言うと、男の人は苦手です」
 囁く声は硬い。そして、危うい。二人の間にある暗黙のルールが、僅かに揺らごうとしている。不意にはっきりと立ち現れた危険に、昇は忙しく頭を働かせた。この遊戯をできるだけ長引かせるために、どうすれば最上の一手となるのか。
「それは知っている。でもね、ゆり花」
 いつもの噛んで含めるような口調を、ぱっと顔を上げたゆり花が遮る。
「だから、兄さんがいい。兄さんなら怖くない」
 そこにある目の覚めるような意志の光に、昇は口にしようとしていた言葉をそのまま飲み込んだ。頭の中を飛び交ういくつもの道筋と諸共に、全てを喉の奥に封じ込めて。
「今日だけだよ」
 我が儘と言おうと、意志と言おうと、結局は同じものだ。そして兄という生き物は妹の我が儘には、基本的に勝てない生き物だということだ。
 座っている木の根に手をついて、ゆり花がふと身を乗り出してくる。張り詰めた瞳が、早くも潤んでいる。
「これから、は?」
 震える唇が紡いだ言葉に、昇はただ微笑みを返した。風になびく髪をなでつけるように、指を滑らせる。ただ優しい思いだけを心に満たせば、それは本当に容易なことだ。自分にとっては、容易なことなのだ。
 ゆり花の表情が、不意に歪んだ。それをよく確かめる前に、どん、と身体がぶつかってくる。両腕を広げてその身体を包み込み、昇は温かな身体をしっかりと抱きしめた。
「やだ。兄さんと一緒にいたい」

 小さな声でそれでも叫び、ゆり花は自分も昇の背に腕を回し、しがみつくように力を込めてくる。そのまま一つになってしまいたいと望んででもいるように、か細くも懸命の力がそこには宿っていた。
 可愛い可愛い、可愛い妹。心の中で唱えれば、それは柔らかな思いとなって指先に宿る。そのままに金色の髪を撫でれば、スーツの背を握りしめる指が、ふっとほどかれる。
「わがままでごめんなさい…」
 涙声で告げられた言葉に、口元に宿った笑みが深くなる。
「甘えん坊」
 自分の声が紡いだなめらかな言葉に、その笑みはやや苦味を感じさせるものへと変わる。嘘はない。ただ、欺瞞だ。甘えさせたいのは、自分の方だ。
「兄さん、好きです。大好きです!」
 また背中に回された腕の力が強くなった。その甘いような苦しさを受け止めて、昇はふと眼差しを伏せる。睫毛が揺れて、頬に影を落とす。
 この苦しさは、彼女のものだ。胸を締め付けられるような、この感覚は。それを感じて、甘い思いで満たされる。自分は悪い兄だな、そんな思いを戯れに胸に踊らせつつ、昇は腕に抱いた温もりに微笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。

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