ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 矢上ミサ@鍋の国様からのご依頼のSS-7

<<   作成日時 : 2011/11/15 19:58   >>

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 ソファにどさりと腰を落として、それだけでもまだ足りずに背もたれにぐったりと身を沈め、総一郎は疲れきった表情のまま乱れた前髪をかき上げた。きっちり締めていた胸元を乱暴な手つきでくつろがせ、深く息を吐く。
 うっすらと開いた目に映るのは、薄暗い天井の格子だった。ぼおっとした力のこもらない目でしばしそれを眺め、総一郎は一度頭を振った。
 疲れすぎている。それは判っている。そして明日もまた、同じように疲労困憊の日々が待っている。それも判っている。だから自分がやらなければならないことは、滋養のある料理を摂取して少しでも眠るよう努めることだ。そうと、判っているのだけれど。
 身体は泥でもまとったように重く、指一本動かせそうにない。そのまま横倒しにソファーに倒れこみ、総一郎はもう一度深く息をついた。こんなに疲れているのに、頭の芯もぼおっと霞んでいるようなのに、それでも気持ちのほうが高ぶりすぎて思考が回転するのを止められない。
 一国がそのまま滅亡の淵に沈みかけた国もあることを考えれば、この国の被害はそこまで致命的ではないといえる。だがそもそも、そうした国と鍋の国では、国土も、人口も、国力も違うのだ。滅亡しかかった国よりも多くの民が命を落とし、生き延びた者たちも救いの手を待ちわびてあえいでいる。どちらがましと、比べようなどある筈がない。
 いや……自らの思考の流れ込んだ先に、総一郎は顔をしかめて首を振る。そんな風に考える時点で比べていることには違いないだろう。人の死は、そんな風に比べられるものでもカウントされるものでもない。
 為政者は状況を平易に把握するため、ともすれば数字を求めがちになる。それは必ずしも悪いことじゃない。だが。
 あの娘はそうとは思わないだろう。一人の死は、断ち切られた人生は、一つの世界の消滅に等しい。その世界には数多くの喜びや悲しみが、ふくよかに存在していた。そしてあるべきだった未来が。それは或いは、この国に、この世界に、この宇宙に輝かしい未来を招き寄せてくれる可能性だったかもしれない。
 だから、たった一つが断ち切られただけでも、宇宙からは確実に豊かさが失われたのだ。彼女ならばそれを嘆くだろう。その数の多さではなく。
 ただの数値として扱えば、そのほうが楽なのだとは知っている。けれどそれを当たり前のように感じてしまったら、きっと自分は彼女の傍らに立つ資格を失うだろう。それはやはり、容認できることではなかった。
 ゆらゆらと頭を振って、総一郎は気持ちをより実務的な方向へと切り替えた。
 幸いにして鍋の国は、優秀なエースを多く抱えている。とはいえその多数は戦闘に特化していて、煩雑な手続きと多数の意見を取りまとめる内政面においてそれぞれ手を尽くしてはくれているが、片腕となれるほどの人物はいない。それは国民においても同じ事で、全ての最終判断は、彼が下さざるを得ないのが現状だった。
 そして今の国情はいつにもまして、待ったなしの対応を迫られる場面があまりにも多すぎた。その存在において国を背負う女王からもさまざまな政令が差し向けられてきてはいるが、彼女がいる場所とこの世界では時間の流れが違いすぎて、なかなか決定打となっていないのが実情だ。
 受けた報告と出した政策、結果が見えてきたものとまだ効果が確認できないこと、この目で確認した光景や数字の羅列がぐるぐると頭を巡る。一つ一つの問題がこれだけ詳細かつ多岐にわたったものとなれば、先読みの能力もなかなか効力を発揮しきれない。経験と分析と直感と、それでも何か見落としはないか取りこぼしはないか、疲れた身ではそのことが何より恐ろしい。
 あとどれくらい、この状況は続くのだろう。それが読めないことがいっそう、疲労を加速させる。それが一向に回復する様子がない理由も、判っていた。報告につぐ報告が幾重にもこだまのように響くその一番奥で、今も耳に残るあの音。バカと叫んで切られた、電話の音。
 彼女の声を聞いたのは、あれが最後だ。もうしばらくの間、こちらに訪ねるどころか電話も来ない。当然怒っているのだろう。自分はそれだけのことをしたのだから。それをあえて強調して彼女の怒りを煽り立てるようなことをしたのには、もちろん訳がある。
 今この国の現状を、彼女が詳しく知る必要はない。だからここにこないように、彼に会いにこないようにと、しむけたのだ。
 なぜならば。
「泣くだろう、お前は……」
 この国の現状をその目で見、この国の民の言葉をその耳で聞けば必ず、涙を流さずにはいられなくなる。気丈に振舞おうとしてはいても、根は感じやすく優しい娘なのだ、彼女は。
 そして自分の方はといえば、その涙を見てしまえば確実に、平静でいられなくなる。昔のように手をつかねた挙句に破壊衝動を覚えたりはさすがにない、と思いたいが、今のこの、平常より著しく処理能力の落ちている状態では、どうなるかはさすがに保証しかねる。
 だからこそ、今の状況は望んだ通りなのだが。
 そんな理性とは裏腹に、心は砂漠をさ迷う旅人が一滴の雫を求めるように、その存在を求めている、今この瞬間にも。
 そんな弱気を握りつぶすように、拳に力を込める。
 大丈夫だ、自分は我慢強い。自分さえこの餓え乾いた心を耐え切れれば、それで誰も傷つくものなどいなくなる。なにも永遠に逢えないわけじゃない、いつかはこの潮目も変わるだろう。長い長い時間を思えばほんの僅かなことなのだ。だから、大丈夫。
 もはや何度繰り返したか判らない自己問答を、いつものように芯から確証のもてない一言で締め、総一郎は取り留めない思いをシャットダウンするように寝返りを打って目を閉じる。食欲はまったくわいてこない。せめて眠ることで少しでも体力を回復しなければ。
 脳裏に、一つの気配が閃いた。反射的に飛び起きて、総一郎は少し離れた卓上に置かれた電話へと視線を投げる。ほぼ同時に、まるで図ったように、それは着信を知らせる音色を奏で出した。
 閃いた確信が間違っているという可能性は、意識に上りもしなかった。駆け寄って手を伸ばして取り上げ、ボタンを押そうとして……一つ息をつく。落ち着け、自分にそう言い聞かせて、もう一度深呼吸して目を閉じて。
『もしもし』
 聞こえてきた声は、いつもの彼女の声からすると少しだけ細くて、まるで耳をそばだてた猫のようにこちらの様子を伺っている気配が、僅かに感じられた。
 それがするりと耳に入り込んできた瞬間に、自分の中でぶつりと、何かが切れた。目を閉じたまま、ソファに深々と沈み込む。
「……仲直りでもするか?」
 ほとんど無意識に、ごく当たり前のように、そんな言葉がこぼれ出る。受話器の向こうで、相手も一度深呼吸するような気配が伝わってくる。
「うん」
 いつもと同じ、飾り気のない一言に、ふと唇が緩む。この期に及んでまだ、持って回った言い方を選ばずにはいられなかった自分とは大違いだ。
 やはり……総身を縛っていた強張りさえも雪のように解けていく、そんな感覚についつい大きく伸びをしながら、総一郎は電話の向こうの声に耳を傾けつつ思う。
 やはり、どうしても、彼女が愛しくてたまらない気持ち、彼女を乞い求めてしまう気持ちだけは、何をどうごまかそうとしても無駄のようだ。そんなことは本当は、とっくの昔に判っていた。


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 ものめずらしげに辺りを見回す様子を見守っていると、その視線に気づいたのかミサはこちらを振り向き、それからにこっと笑った。
「毎回おうちかわるから、ある意味もう慣れてるかもよ」
「そうか?」
「うん、たぶんね」
 そんな風に言う彼女の微笑みは屈託のないもので、その様子にまたほっと肩の力が抜ける。ずっと求めていたものが戻ってきた、あるべきものが自分の中にカチリとはまり込んだような感覚。
 それを実感しつつも、一方で彼女の方が現状をどう思っているのか、この前逢ってから以降のことをどう捉えているのかがまだつかみ取れないままで、自然総一郎は彼女に近寄ることなくその動きを見守ってしまう。些細な仕草に、今彼女が自分をどう感じているのか読み取れないだろうかと、そんなことを思って。
 その視線の意味に気がついたわけではないのだろうけれど、ミサはほんのりと頬を染めつつ微笑むと、こちらもどこか様子を窺うような動きで、すすっと彼の方に近づいてくる。自分を見上げる眼鏡の奥の大きな瞳に揺らぎを感じて、総一郎は微笑んだまま軽く首を傾げてみせた。促す仕草に、ミサはもじもじとした様子で上目遣いに口を開く。
「ええと・・・ぎゅーしてもいい?」
 存外可愛らしいお願いに、口元のほころびは大きくなっていく。応える言葉さえ惜しむように大きく手を広げ、小さな身体を包み込むように抱きしめた。縋りつくように背に回された腕の、最初は躊躇いがちな、そしてすぐに変わった力の限りを尽くすような抱擁に、目を閉じる。そのぬくもりが、胸の中に残っていた最後のしこりを溶かしきってくれる。
 喉を抜けた吐息は、笑い声となってこぼれだす。腕を緩めるべきかという僅かな葛藤は、顔を見たいという欲求のほうが勝った。少しだけ上体を逸らすようにして、花開くような笑みを見下ろす。
「やっと仲直りした気分だな」
「うん」
 猫のように身を摺り寄せるしぐさをふととめて、ミサは総一郎の胸にぽふりと顔をうずめた。
「わたしだって、心配は、するんだからね」
「いつもしてるのは、気づいてる」
 結い上げられた長い髪を、注意しつつ撫でる。見られたくないと思っているだろうその表情はきっと僅かにむくれたようになっていて、それでもその顔も可愛いに違いないのだ。
「俺だけじゃないんだろうが」
 思いついて付け加えた一言に、うずめていた頬をまたすりすりと動かしたミサが、吐息をつくように呟く。
「あんたが一番大事に決まってるでしょ」
 拗ねたように聞こえただろうか。あるいはそうかもしれないと笑いを漏らすと、また彼女がおずおずとした上目遣いを向けてくる。抱擁をねだったときのそれと同じような表情に、引き込まれるように唇を落とした。柔らかさを味わうように甘く噛むと、彼女の香りがいっそう強まった気がした。
「違ったか?」
「ううん、合ってる」
 耳元に唇を寄せるようにして囁くと、僅かに頭が振られたあとで、背中に回された腕の力がいっそう強くなった。
 彼女も、離れていた間ずっと、寂しいと思っていてくれたのだろうか。自分の中から何か重要なパーツが抜け落ちてしまったような、空疎な感覚を拭い去れずにいたのだろうか。自分が覚えたものよりもずっと少ない時間だったはずだけれども、飢える苦しみに悩まされたのだろうか。
 そんなことは、今更聞くまでもないことだった。彼女の腕にこめられた、切ないくらいの力を思えば。
 自分はひどい奴だ、本当にそう思う。なんとも軽い言いようかもしれないが、今はそんな罪悪感さえも押しつぶすような、圧倒的な喜びに胸が沸き立っているのだから、仕方ない。それでもやっぱり、ひどい人間だと思ってしまうのだ。彼女が苦しんだであろう時間を、こうして喜びに感じてしまうのだから。
 その、躍り上がりそうな強い強い幸福感のなせる業だったのかもしれない。気持ちが浮き立ち跳ねた衝動をそのままに、ヤガミは彼女の体に回した腕に力を込めた。
 勢いをつけるまでもないくらいに簡単に、その身体は持ち上がった。ぐらりと揺れた身体を支えるように首に抱きつきながら、ミサがあっけに取られた顔になる。その表情に向かって笑いかけると、眼鏡の下で大きく見開いた瞳が不意に揺らいだ。転ばないようにと気をつけつつふたたびその身体を床に下ろし、総一郎は改めてその顔を見下ろした。
「だっこは、二度とないと思ってた」
 半ば呆然とした様子でぽつりとそう呟いて、ミサは今までの自分と同じようにぱっと喜びをはじけさせた。
「すごい、えらい」
「腰はもどったぞ。ようやく。長かった」
 はしゃぐような賞賛の言葉に微笑みつつ告げると、ミサは顔いっぱいで笑い返し、そのまままた抱きついてくる。
「ありがとう。これでまた腰痛められたら、私立ち直れなかったかもよ?」
 そんな囁きに思わず苦笑すると、伸びてきた腕が首を捉える。精一杯背伸びして頬をあわせ、頬擦りしてくるそのしぐさが愛らしくて、何度も何度もキスを、抱擁を繰り返す。しゃべりたいけど言葉が出てこない、そんなことをはにかむように囁く彼女が、いとおしくて。
 可愛いと思ったら負け、先ほど自分が言った言葉を、陶酔の狭間にふと思い出す。確かにその理屈でいえば、自分は彼女に会ってからこの方負けっぱなしということになるのだが。
 本当はきっと、恋愛に勝ち負けなんてないのだ。求め合う想いが繋がりあう場所には、共に喜び、共に悲しむ共生の関係しか生まれえない。自分の喜びは彼女のものであり、彼女の悲しみは自分のものだ。
 そう思う一方で少しだけ悔しいと感じてしまうのも、やはり本当で。こればかりは人間である以上、どうしたってコントロールしきれるものではないらしい。感情は、理性よりもずっと強い。それこそ世界を、変えてしまうほどに。
 そんな力を秘めた鼓動を自分の胸にも相手の胸にも感じながら、総一郎は優しくそっと、笑みを浮かべる唇にキスを贈った。

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