ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 2/16ゲームログベースのSS 「遙か遠き道」-3-

<<   作成日時 : 2008/03/20 17:26   >>

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 立花が足を止めたのに気付いた瞬間、襲ってきたのは苦い一撃だった。向かい合わせのこの位置関係では、自分達と同じタイミングで奴らもこちらに気がつくだろう。
 その苦さを無理矢理意識の片隅に押し込めて、東は辺りに視線を走らせた。まだだ。まだ見つかっただけ、やりようはある、絶対に。
 前方左手にある雑居ビルと十時に走る道の位置関係を素早く目に止めて、声一つ立てずにさわさわとこちらに向かってくるゴブリン達との距離を測る。ビルの陰にさえ入ればキメラのレーザーは無効化できる。ゴブリン20体なら、今の自分たちでも十分殲滅できるだろう。
 決断は一瞬だった。さっと振られた手に反応して、隊員達が走り出す。その動きが全く目に入っていないかのように動かない二人に、東は鋭く「走れ!」と怒声を飛ばした。その声に弾かれたように反応して、二人がようやく他の隊員達の後を追い始める。最後尾を走りながら、東は銃の安全装置を外した。
「総員射撃用意、ゴブリンが角を曲がってきたら後退射撃開始! 立花、阻止線を頼む!」
「了解。俺が止める。全滅させてしまえ」
 力強い応答を聞きながら、問題の二人に視線を走らせる。もたもたと危うい手つきながら、二人も銃を構え出す。うまく位置取りが出来ずにおろおろとしている八十島の腕を引いて、東は一番端に追いやった。
「ゴブリンは私たちより背が低い。よく見て、上から撃ち下ろす感じで」
「は、はい……っ」
 青ざめ強張った顔で、八十島はがくりと顎を動かす。それに頷き返して、東は鋭い眼差しを前方に向けた。
 ドン、ドン、と左方向から聞こえてくるのは、キメラのレーザーが建物に当たる音だ。サワサワという衣擦れにに似た音が、近づいてくる。それに被さるように聞こえるのは、心臓の音。
 ゴブリンの、赤茶けた不格好なフォルムがぬっと角から現れた途端、銃声が辺りに響き渡った。思わず舌を打つ。
(早過ぎる……!)。
 だが、角を曲がったらという言葉においては、それは間違っていない。戦闘経験がある兵士なら、全てと言わずとも半分以上が曲がり終わってから射撃を開始するだろうが。
「慌てるな、あの程度たいした敵じゃないぞ」
 歯噛みしたいのを押し殺して、背後に声を投げる。返事はなかったが気にしている間もない。今度こそ、ゴブリン達が必中の距離に入ってきた。真っ先に、立花の機関銃が火を噴き出した。それを合図に全員が射撃を開始する。ばたばたと薙ぎ倒される仲間を乗り越えて尚も進んでくるゴブリン達から距離を取るように、一歩ずつ後退しながら。
「到達する前に滅ぼしてやる」
 隊員達の雄叫びを聞きながら、東は低い呟きと共に引き金を絞る。最後の一匹がのけ反って倒れ伏すまで、たいした時間はかからなかった。
(兄貴を殺した幻獣たちがこの程度?)
 呆気なさすぎる。その呆気なさに、かえって憎しみは増した。
 銃声が途切れた。途端、耳に届いたのは、醜悪さに似合わぬさわさわというひそやかな音………!
「……後ろだ!」
 痛恨の色を滲ませた山内の叫びに振り返った東の目に飛び込んできたのは、宙を飛ぶ赤い飛沫だった。


 五十嵐と倉田に挟まれる形で銃を構えた夢野は、彼らの冷静な射撃に励まされるように、銃を構え直していた。怒りと恐怖に押し出されるように先走ってしまったが、逆にそれで落ち着きを取り戻せた気もする。
 よく狙って、そう自分に言い聞かせて、引き金を引く。当たったのかどうかも判らない。だが気がつくと、目の前にいた敵はいなくなっていた。強張る指を、無理矢理引き金から引きはがす。
 これで驚異は去っただろうか……そして、自分は母親の敵が少しでも取れただろうか……。
 そう自問した瞬間だった。
 ドス、という背後からの衝撃に視界がぶれた。それが自分の体が揺れたせいだと気付いた視界、自分の胸の真ん中から、なにか有り得ないものが生えていた。
「……っ!」
 押し殺した苦痛の呻きに視線を横に向けると、背の高い筈の五十嵐のつむじが見えた。
「え」
 輝きが弧を描き、五十嵐の頭部が消失した。ドン、というもう一度の衝撃。視界が回り、夢野はその場に倒れ伏した。
(なに……これ……)
 喉元をせり上がってくる生臭い感触は馴染み深いものだけに、それ以外の、酷くなっていく激痛や痺れて力の失せていく体に戸惑う。
(……私……死ぬ、の……)
 自分の状態が判らない。ただ、意識がふうっと薄れていくのは感じられた。
 視界が、急激に収縮していく。それは列車の最後尾の窓から、トンネルに入っていくときに見えるものに似ていた。闇に侵食されていく目に映る最後の情景は、どことも知れない場所で泣いている幼子の姿だった。
 あとほんの、数百メートルだったのに……滲む姿が闇に溶ける。夢野は、最後の力を振り絞るようにして、薄れゆく姿に声をかけた。
「三角くん、ごめんね。お姉ちゃん、約束守れないかも……」
 ささやかな声は、そのまま戦場の狂騒へと吸い込まれて消えた。


 木を切り倒すように両臑を切り崩され膝をついた五十嵐の首が宙を舞い、胸の中心からトマホークの先端をオブジェのように生やした夢野が崩れ落ちる。飛び付いたゴブリンに首の肉を食いちぎられた倉田の絶叫が、瞬間凍り付いた八十島の時間を強制的に現実へと蹴り落とした。
 喉が詰まって悲鳴すら上げられない。これが現実だなんて思えない。ほんの数分前まで、声も、笑顔も、すぐ側にあったのに……!
 アスファルトを濡らす血は暗褐色に見えた。それが広がって、ウォードレスに包まれた足先に達する。こんなに血を流したら、助かるものも助からなくなって……。
 一歩前へと踏み出したのは、殆ど無意識の動きだった。そしてその動作が、自分自身が何をしにここに来たのかだけを、彼女に思い出させた。助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ、ぐるぐる回る脳裏のシグナル。
 肩に、重い痛みが乗った。次の瞬間、八十島は容赦ない力で後方に突き飛ばされていた。


 ウォードレスを着ている以上、あの程度で怪我はしない筈だ。振り返って見る手間もかけず、立花は機関銃を構え直した。
 複雑な事は、自分の領分じゃない。ただ、目の前の情景から判ることがある。自分が下がれば、隊は全滅するということ。そして、それだけ判っていれば充分だった。
 昔……といってもほんの一年前程度だが、銃になど触れたこともなく、クラスの友人達と毎日遊び回っていた。未来なんて夢と同義語の遠い世界だった。あの時一緒にいた奴らは、今もまだどこかの空の下で戦っているだろうか。
 三人の遺体を辱める如くに貪っていたゴブリンたちが、立花の闘気に反応してぎょろりと一斉に視線を向けてくる。それに挑発的な笑みを向け、立花は悠然と一歩前に出た。
(後は、頼む)
 仁王立ちの足を踏ん張るようにして、銃口を幻獣達に向ける。
 敵を倒し、戦友を守る。死までの時間をそんな風に過ごせるなんて、自分は存外運がいい。
 口元に笑みさえ湛えて、立花は人生最後の射撃戦を開始した。


「撤退しましょう」
 沈鬱な声が、東の意識を茫然自失の状態から掬い上げた。それは時間にしてほんの一、二秒の事の筈だ。だが、戦場の隊長としてはあってはならない間だった。
「っ、……ええ、そうしましょう」
 苦い思いを噛み締めながら、頷く。ふと、山内の腰に吊られた手榴弾が目に留まる。振り返ればゴブリンどもは、遺体に群がるように集まっている。一瞬の幻想、そしてまた、苦さが広がる。
 もう自分達は助からない、ならば一体でも多く道連れで殺してやれれば……なのになぜ、自分は手榴弾ではなく煙幕弾を選んでしまったのか。
 小さな悲鳴に、はっとそちらへ視線を向ける。立花に突き飛ばされた八十島が、数メートル後方のアスファルトに尻餅を着いたところだった。それを見ようともせず、立花はゴブリン達の前に立ち塞がり、機関銃を構えた。汗で濡れた横顔は、鬼気迫りつつもどこか爽快ささえ感じさせる。
 ふ、と昏い幻視が遠ざかっていくのを、東は感じた。銃を持つ手に力を込め直す。
「煙幕を張ります。山内くん、彼らを背負って撤退を」
 無理は承知で、一縷の望みをかける。夢野と五十嵐は無理でも、倉田はまだ助かる見込があるかもしれない。任務遂行が叶わないのであれば、一人でも多く部下を生かして返す。自分は、隊長なのだから。
 どう思ったかは判らない、だが、山内はしっかりと頷いて返した。きっと彼には、言わなかった命令も届いている。そう信じることもが出来た。
 身を翻し、ただ黙々と己の役割を遂行しようとする立花に並ぶ。狙うことをせず片手で無理矢理銃の引き金を引きながら、東は腰に下げた煙幕弾を引き抜こうとした。重いものが空を切る音に、はっと顔を上げる。
 咄嗟に掲げた銃身は、ほんの僅かに遅かった。額を断ち割るように突き立ったトマホークに、東は痛みを感じる間もなく絶命した。


「隊長!」
 ぐらりと傾いだ体が、仰向けに倒れていくのが見えた。立ち上がることも出来ないまま、身を乗り出して八十島は叫んだ。喉を塞いでいた苦しさが消失する代わりに、溢れ出した涙が瞬く間に視界を奪っていた。
 乱暴な腕が力の失せた体を、強引に引きずり起こす。
「立って! 走ります!」
 言われた言葉の意味がわからず、八十島は滲んだ視界の向こうの人物を呆然と見返した。無意識にゆらゆらと首を振る。駄目だ、皆を置いていくなんてことは。
 途端に、骨が砕けそうな力で肩を掴まれる。不安定な視界でもはっきりと判る殺気すら篭った視線に、八十島は息を飲んだ。
「彼らの声が、聞こえないんですか!?」
「っ!?」
「俺には聞こえる。どんなことをしても、貴方には生きて帰ってもらいます」
 言い終わる頃にはもう、山内は八十島の腕を掴んで走り出していた。脇見をすることさえ許されない全力疾走に、八十島は転ばないようにするだけで精一杯だった。
 それでも。
 背後で途絶えた銃声に、吹きこぼれた涙を止めることはどうしても出来なかった。


 本部からの迎えと合流する地点に合図を立てて、周辺を見渡せる建物の影に身を潜ませる。それだけの用意をすませて、山内は壁に寄り掛かった八十島へと視線を向けた。
 さっきまでしきりに吐いていたせいだろう、口の端は汚れて涙がそれと混じり合い、本当にひどい有様だ。視線は虚ろだが、時折目に新たな雫が盛り上がる様子から、彼女がなにを見ているかは推測できた。
 それでも、生きて帰れるだけ彼女は運がいい。ろくに訓練も受けていない新兵が戦場で命を拾える確率は、高いものじゃない。
 僅かに迷って、口を開く。彼女が受けた衝撃、追った傷は察するに余りあるものだが、酷な言い方をすれば戦場ではありふれたものでもあるのだ。それに浸る贅沢は許されない、生きていたければ。
「もうすぐ迎えが来ます。どうぞこれを」
 口を開けて結局上手い言葉も思い付けず、山内はそう言って水筒を八十島に差し出した。虚ろだったまなざしが、数度の瞬きでうっすらと表情を取り戻す。のろのろと伸びた手が、水筒を受け取る。口をすすぎ涙を拭きとる様を見つめ、更に迷ったあげくに事務的な話に徹することにして、山内は再び口を開いた。
「本部に戻って中隊長に報告をする際には、貴方にも付き合っていただきます。その後は、恐らく空いている隊に再配属されるでしょう。残念ながら、現状では除隊は認められられないでしょうね」
「……ええ」
 乱れた髪をかきあげて、八十島は頷いた。眼差しに戻ってきた力はしかし、昏く重いものがだった。まるで陰火のようなそれは、時折東が浮かべていたものによく似て見えた。
「……大丈夫です。私、逃げたりしません」
「……」
「除隊なんかしたら、馬鹿みたいじゃないですか」
「……馬鹿でも、命がある事のほうが大事ですよ」
 事実は大概の場合、人を救ったりしない。そう判ってはいたけれど。
「命あっての物種ですか」
 八十島は唇をゆがめた。どうやらそれで、笑っているつもりの様だった。だがそれも長くは続かず、彼女はふと俯いた。
「……すみません、本当に大丈夫です。あとちょっとだけ時間をもらえれば、本当に大丈夫になりますから……」
 ぽとぽとと落とされた言葉に、山内は黙ってその場を離れた。銃を引き付け、外から見つかりづらい場所に陣取って、迎えの車を待つことにする。後少し、確かにそのくらいの時間は与えられてしかるべきだ。


 離れていった足音に、八十島は目を閉じた。目蓋の裏がすぐに熱くなって、嗚咽を殺す分だけ肩が揺れる。
 なにも、なにひとつ、出来なかった。助けを求める子供を救うことも、倒れていく仲間を助けることも。いったい何をしに、なんのために、自分はあそこに行ったのか。気持ちが悪い、頭はぐるぐると回るばかりでろくなもんじゃない。もう何度目かになる後悔が、ひたひたと黒く胸を浸食する。
 強く、唇をかみしめる。何度も瞬きして、涙を振り落とそうとする。
 幻想に責め立てられてただ座っているだけ……今の自分は、逃げているも同然だ。逃げて、楽をするために、ここにきたわけではないはずなのに。
 気持ち悪いのは、まだ収まっていない。心の方だって、まだぐらぐらと危うくて、暗闇の引力に負けそうにもなっているけれど。
 唄は良いよ、そう教えてくれた声を思い出す。思い出してまた熱くなった目元をそのままに、全身に力を込める。とりあえずまずは、立って、歩き出さなければ。
 体は重い。きっとまともな状態に戻るまでにはまだかかる。そして元には、もう戻れない。心が麻痺したように、そう思っても感情は動かない。まだ手に持っていた銃に縋るようにして、立ち上がる。
(幻獣……)
 人類の敵、そして……自分の敵だ。それだけが、今自分にはっきり判る全てだ。それは、あまりに暗い光の具現だけれども。
 おぼつかない足取りでも顔を上げて、八十島はゆっくりと歩き出した。

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