ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 乃亜・クラウ・オコーネル@ナニワアームズ商藩国様からの、ご依頼SS

<<   作成日時 : 2008/09/01 06:41   >>

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 届いた逢瀬の誘いには、どこか緊張に震える気配が漂っているように思えた。何度もそれを読み返し、ヘイリーは窓の外に見える夜空を見上げる。
 なにか、彼女を怖がらせるようなことをしてしまっただろうか。思い返しても覚えはなく、答えに辿り着けないもどかしさがため息となる。不甲斐なさを叱責されるのならば、かえって判るというものなのに。
 かの少女は自分にとってただ一人の姫君、その麗しい微笑みを守る為ならば剣となり楯となってどのような障害をも砕いてみせよう、いつでもそう思っているのに……現実はこの通りだ。誓いを守れたためしはない。自分こそがその微笑みを奪っている。とてもとても、彼女の騎士と名乗れるものではない。彼女の為を思うならいっそ返上するべきではないのかとも、自問してしまうのだ。
 それでも。
 そんな自分の至らなさに吐息をつきつつも、心は歓びを歌っているのだ、今も。
 愛しい相手にまた会える、ただそれだけのことで、心は震え、旋律を奏で出す。彼女が逢瀬を望んでくれたと思うだけで、世界全てを敵に回して戦うことも出来るかとさえ感じる。
 いい歳をして我ながら……と思いはするが、想いは偽れない。
 せめて当日は、かの乙女を怖がらせることのないようにしよう。威圧感を与えかねない軍服は脱いで、会う場所も穏やかな……そう、あの場所がいい。常に心にあり続ける故郷とは少し違うけれども、とても気に入っている場所だ。ああ勿論、そこに彼女の息吹を感じさせるものがあるからというのも、重大な理由の一つで。
 そんな風にプランを立てて、ヘイリーは窓辺の椅子から立ち上がった。彼女に場所を告げる返信を送る為に。

 □■□

 静かな足音が、鳥のさえずりの合間を縫うように近づいてくる。和服に懐手をして鳥の声に耳を傾けていたヘイリーは、すぐ側にやってきた気配に自然と微笑みを形作った唇をほどいた。
「たまには、こういうところもいいと思った」
 そう言いながら、目を開けて彼女の方に体ごと向き直る。微笑みが深くなり目が細められるのは、ほとんど無意識の所作。まるで彼女は、たった今大気から立ち現れた妖精のようだった。
 惜しむらくは、彼に向けられた微笑みが少し、ほんの少しだけぎこちなく固いこと。
「とても素敵だ。ハリーさんも。すごく似合う」
 いつものやや堅苦しい話し方は、たどたどしくもまっすぐな彼女の心に相応しく寄り添って聞こえる。そんなところもまた、大切に大切に守りたいと思う気持ちをよりいっそう強めるのだけれど。
 歩き出すと、すぐ隣を同じように進む気配がある。そこにはやはり得体の知れない緊張があって、どうしても首を傾げてしまう。だが、彼女から口にされない限り問い詰める気はなかった。
 そんな自分の気持ちに応えた、というわけではないのだろうが、唐突に彼女は謝罪を口にした。はっきりと言えば予想外の言葉に、今この(恐らくはつかの間の)平和に至るまでの道のりが否応なく心をよぎり出す。あの時感じ続けた、身の内が凍えるような無力感を思い出して、ヘイリーは表情を曇らせる。伸ばした手の隙間から、こぼれ落ちていく数多の欠片。自分の手がもっと大きければ、もっと器用ならば、何もかも掬い上げて彼女の望みをあますことなく叶えられただろうに。
 そんな自分に、お礼と賞賛は過分すぎる……そう思うと、どうしても彼女の顔を振り返ることは出来なかった。見なくても、どんな表情で自分を見ているかは判る。今自分たちの上にある空のように、一点の曇りもなく澄み渡った信頼と敬愛の証。僅かにも揺らぐことなく向けられるそれは、応えられればこそ自分の誇りでもあるのだけれど。
「水の音がする。この先は川があるのか?」
 ふと、今気づいたというように彼女はその妖精めいた小さな顔を左右に向けた。話題が変わったことにほんの少しだけ肩の力が抜けて、その分だけ唇が和らぐ。戻ってきた瞳に浮かぶ揺らめきに問いかけると、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
「行こう。ハリーさんと一緒に、綺麗なものが見たい」
 共にと告げるてらいのない言葉、そうして、眼差しと同じく当たり前のように差し出される小さな手。そんな風に与えられる全てが、いつでもこの胸の内の鐘を鳴らす。その響きが、自分に騎士としての己を誇りと共に蘇らせてくれる。そのことに、彼女は気づいていてくれているのだろうか。
 伸ばされた手をそっと、恭しく取って歩き出す。この手が自分に預けられる限り、自分はいつまでも、どこまでも-------------。
 掌の中で、不意に彼女の手が震えた。振り返ると、彼女は奇妙に遠い眼差しで、こちらを、いや、こちらを突き抜けた遠くを見つめていた。足取りも重くなっているのに気がついて、首を傾げる。この先は道も平坦ではない。そのせいだろうか。
 問いかければ、はっと我に返った表情を見せて首を振り、不可解なことを口にする。鳥のさえずり、流れゆく水音、通り過ぎる人のざわめき、そんなものは今も耳を通り過ぎてはいるが、歌、とは。
 彼女には、自分の聞こえない何かを感じることが出来るのだろうか。今の妖精めいた姿を見ていると、それもあながち思い違いではないような気がしてくる。
 吹きすぎる風が彼女の髪を、服の裾を揺らす。そのままその姿まで消えてしまいそうで、胸に冷たい影が差す。まだ時間はあるはずだ。定められた逢瀬の終わりまでには、まだ。
 いっそ腕の中に抱きしめて取り込んでしまえば、その時を引き延ばすことが出来るんじゃないだろうか……そんな思いつきが心をよぎって、己の愚かさに心中苦笑が漏れる。恋は人を愚かにするというが、自分自身が実感できる日がくるとは思わなかった。その愚かさすらも、彼女という存在から与えられたものだと思えば、胸の中心に大事に置いておきたい想いとなる。
 そんなことを考えていたから、というわけではないのだろうけれど。
 ふわりと、ぬくもりが胸元に押し当てられ、しがみつくように抱きしめてくる温かさが全身に波のように伝わっていく。唐突な彼女の振る舞いに一瞬驚いたものの、そこから感じられる幼げ故に一途な想いに口元は自然とほころんでしまう。よもや自分の想いを読み取ったわけではないだろうが、だとするのなら尚更、嬉しさも過ぎるサプライズだ。
 彼女の表情を隠す前髪を少しだけ指でかき上げ囁くと、薄紅だった頬やうなじが更に鮮やかに色づいていく。その美しさを目に焼き付けて、ヘイリーはおずおずと離れていく彼女にもう一度手をさしのべた。

 □■□

 テーブルの上に置かれているのは、一枚の紅葉の葉だ。川面を流れていたのをなんとなく掬い上げて持ってきてしまった。今日の記念……などと考えたわけではないのだが……いや、やはりひょっとしてそうなのだろうか。
 自分の気持ちを今ひとつ分析しきれないまま、ヘイリーは美しい紅に目を細める。
『少しは、ハリーさんの役に、私はたてているだろうか・・・』
 そんなことを口にした彼女の表情は真摯なもので、場を和ませようと(いやまぁ、本心を明かせばそれだけではないのだけれど)乞うた口づけにも、真面目すぎる熱意で応じてくれた。
 どう言えば、判って貰えるだろうか。キスの後に口にした言葉は紛れもなく本心で、もっと言ってしまえば、いてくれるだけでいいと思っているのだ。
 その存在だけで、彼女がこのNWに存在しているという事実だけで、自分はこの世界を破壊しようとする全てと戦うことも辞さないだろう。その決意を、力を与えてくれるのは、世界にただ一人、彼女の存在だけだというのに。
 勿論、欲を言ってしまえばきりはない。麗しい微笑みを、柔らかな手を、優しい腕を、甘い口づけを、自分一人に向けてくれるならば……と。
 一つ頭を振って、ヘイリーは周囲さえ赤く染め上げそうな朱の葉に指先で触れる。どこかしっとりとした指触りに、指先はそのまま止まった。
 よく、判っている。彼女は座して騎士の訪れをただ待っている、おとぎ話の姫君ではない。そうして、その愛情が向かっている先を今更はき違えるほど、自分も愚かではない……と、思いたいところだ。
 そうと判っていてもこう思うのはきっと、男である自分のエゴだろう。そう判って尚も、思ってしまうのだ。
 誓いを立てたただ一人の姫のために、全てを退け、全てを守ってみせよう。そのためにこそ、自分はいるのだ。期待に添いきれない不甲斐なさはあるかもしれないが、次こそは悲しませないと誓うから。
 だから、どうかただそこにいて微笑んでいてくれないか、と。危険なところに出て行って、危険な思いをして、そうして悲しむことなどないように、と。
 切なる思いが胎む矛盾も判っている。彼女が座して待つ姫でなかったからこそ、自分たちは出会えた。決して諦めずに手を伸ばし続けるような人だったからこそ、恋に落ちた。だからこそ、だからこそ-----------。
 取り上げた葉をくるりと回して、ヘイリーは己に一つ苦笑し立ち上がる。部屋の片隅に掛けてある服の袂にその葉を落とし、窓辺に寄って夜空を見上げる。
 恋は人を愚かにもし、また詩人にもするという。だから、輝く星に想いを掛けてしまう自分もまた、愚かな詩人の一人というわけだ。それもまた、いいだろう。
 次に会う機会が一日でも早くやってくるよう、ひときわ輝く星に向けて心の中で祈りを捧げ、ヘイリーはただ一人にしか見せたことのない微笑みを口の端に浮かべながらそっと目を閉じた。

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