ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 矢上ミサ@鍋の国様からのご依頼のSS-4

<<   作成日時 : 2010/03/29 10:17   >>

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 カシカシというあるかなきかの音に、総一郎は進みかけた足を止めて振り返った。背後に停まっている車の窓を、猫一郎が身を伸び上がらせてひっかいているのだ。自分一匹だけが車に残されるのが、どうしても納得がいかないらしい。
「総一郎……?」
 すでに玄関をくぐりかけていたミサに振り返りざま名を呼ばれ、総一郎は一瞬逡巡してからほんのわずか唇を和らげて見せた。
「先に入っていてくれ」
「? ん、判ったわ」
 当然のことながら訳が判らないという顔をして、けれどミサはすぐに笑顔を浮かべて頷いた。先導するSPに従って瀟洒な家屋の中に消える背中を見送り、総一郎は改めてその場に留めおいた車へと向き直る。
 視線の合図に速やかに開けられた後部座席から、猫一郎がするりと飛び降りてくる。その場に膝をついて、総一郎は当然の権利と言いたげに乗り上げてきた猫一郎を抱き上げた。
「悪いな。ここから先は水入らずといきたいんだ」
 艶やかな毛並みを指を埋めるように撫で、丸い瞳と目を合わせてそう告げる。
 もちろん、それ以外にももっと合理的な理由はある。毎回逢瀬の場所を替えるのと同じ、安全面の配慮もそうだ。できる限り、危機的状況を作り出すのは避けたい。そのためには、彼らが無防備な場所で一堂に会することは、極力避けなければならない。
 それから(これはあまり意識したくないところだが)自分と猫一郎が一緒にいると、ミサがうらやましいと言わんばかりの顔をちらちらと見せるせいもある。そのうらやましいのベクトルがどちらに向けられたものなのか……は、あえて追求しないこととするにしても、自分とてどちらかを邪険に扱うことなど思いもつかないわけで。
「後で王城に戻ったら、ゆっくり付き合ってやるからな」
 ゴロゴロと鳴る喉を撫でて、総一郎は真顔で語りかける。ふ、と笑うような表情を一瞬見せて、猫一郎はなおーうと長く鳴いた。そうして、今度はためらう様子も見せず、総一郎の膝を降りる。開けられたままだった後部ドアから座席に飛び乗ってそこに落ち着くと、猫一郎は二度大きくしっぽを振り、それから顔を前足の間に伏せてしまった。その様子を見届け、総一郎も立ち上がる。
「いってくれ」
「はい」
 合図に後部座席のドアを静かに閉めたSPが、助手席に乗り込む。車寄せを出ていく車を見送って、総一郎は静まり返った日本家屋の中へと足を踏み入れた。
 当然のことながらこの家も、今日向かうと決めた時点で連絡を入れ、徹底的にクリーニングさせている。隠しカメラやマイクはもちろん、爆発物のたぐいが残っていることはない。借りる際にも、狙撃されやすいポイントが広い庭のあちこちにある植木や、深い軒などでフォローされていることを事前に確認済みだ。
 それでも、不安はつきない。自分の油断が、彼女の命と、その肩にかかった二千万近い民の命を奪うかもしれないことを考えれば、なおさら。
 上がりかまちのところで待っていたミサに、けれど総一郎はそうした不安をおくびにも出さずに微笑みかけた。共和国でも三本の指に入る大国の女王でありながら、彼女は今も飾らない気さくさを保ったままだ。それはつまり遙か昔に自分が好意を抱いたそのままの姿で、今もいてくれているということでもある。であればなおさら、そのままでいてほしいと思うから。
 笑顔をなくし眉間にしわを寄せ、国民にすら警戒心を抱いて接するような、そんな女王にはなってほしくない。そのためにやるべきことは、すべて自分がやるのだ。彼女に負担をかけることなく。
 エスコートするように手を取って、家の奥へと進む。何気ない素振りを装ったつもりだったが、ミサには感じるなにかがあったらしい。不思議そうにこちらの顔を見上げて、小首を傾げてくる。
「何警戒してるの?」
 なにもないと端から誤魔化してしまうことは得策ではない、そう見きって総一郎は辺りに視線を走らせつつ口を開く。
「暗殺」
「あれ・・・なんか変な情報入ってるの?」
 さすがにもうこの程度では動じることなく、ミサは僅かに眉を潜める。居間へと足を踏み入れて、総一郎は改めて警戒の視線を辺りへと流す。
「・・・王猫もお前も俺も一カ所で集まっていた。敵なら逃さないだろう」
「そっか。あんまりわたし王猫様と一緒にいないほうがいいのかな」
 微妙にしょんぼりと聞こえる声に、振り返る。
「城の中は安全を確保してる」
「じゃあ王猫様は安全ね、よかった」
 ようやく笑みを取り戻したミサに、やや逡巡しつつもいい機会と総一郎は謝った。本当はなにを置いても、彼女の願いを叶えてやりたいところなのだが。
「でもまあ、温泉はしばらくは無理だな。すまん」
「ううん、いいの。前一緒にいこーっていったから。わたしじゃ行けそうな時ってよくわからないし」
 笑顔のまま健気な言葉を口にするミサに、より強く申し訳ない気持ちが押し寄せてくる。手を伸ばして、総一郎はミサの頭をそっと撫でた。
「・・・すまん」
「なんで謝るの?」
「いや、温泉に入る自由くらいはな」
 本気で不思議そうな顔をされて、思わず苦笑してしまう。彼女のかざらなさ、気さくさ、風のような自由さを愛している。風を縛ることなど、本当はあってはならないことだと思うのだ。
「確保、してやりたい」
 それでも、その風は重い荷も背負っているから。有り様が胎んだ矛盾を、出来る限りほぐしてやりたいとは思うのだが。
「安全なのが一番よ」
 判っているというように眼鏡の奥の目元を和らげて、ミサはそんな事を言う。本心だろう。それは正しい。そして現状を考えれば、そう言うしかない。だが自由と安全は相反する概念ではないはずなのだ。そう思えば、少し悲しい。
「まったくだ」
 その心情はとりあえず面には出さず、総一郎は頷く。悲しくとも、やはりその通りなのだ。順列をつけるとしたら、まさしくそうなる。
「わたしこそ連れてってあげられなくてごめんねー」
 ふと、より近くに寄り添うように立って、ミサは総一郎の顔をまっすぐに見上げてきた。そんな事を言って、また首を傾げる。
「好きなんでしょ?おんせん」
 思わず口元が緩んだ。彼女が温泉に固執する理由は、そこにあったわけだ。その頭を抱くように手を回して、総一郎は柔らかな髪を撫でる。こんな風にどこかに閉じ込める形でしか逢えないのは確かに寂しい。けれど。
「ブロッコリーと同じだ。人間、我慢が大切だ。いやがって逃げるほど、そういうのはおいかけてくる」
 わざとしかつめらしい口調でそんな事を言えば、案の定ミサは笑い出す。
「立ち向かったあんたはえらいよ、ホントに驚いた」
 先刻のささやかな宴会での情景を思い出しているのだろう。眼が柔らかく細められ、彼女は不意に総一郎に抱き着いてきた。
「ぎゅーしてあげよう」
 言葉の通りにぎゅっと抱きしめられ、彼女の方が明らかに小さいのに、なんとなく包み込まれているような気持ちになった。体の中にまだ残っていた警戒感が、ゆっくりと溶かされていく、そんな感じだ。
 微笑みつつ、まとめ上げられた髪を崩さないようにそっと掌を滑らせる。総一郎の反応に多少戸惑ったのか、ミサは顔を上げて彼の顔を覗き込み、やや照れたような笑みを浮かべた。
「あ、離れてたほうが良いなら離れとくけど」
 先ほどの総一郎の様子を思い出したのか、不意に背筋を伸ばしたミサがそろそろと離れていこうとする。それでもそののろい動きに彼女の心情ははっきりと現れていて、そんな仕草は、やはり可愛い。総一郎は微笑みを浮かべたまま、そっと彼女に唇を寄せた。一度は離れかけた腕に、また緩やかに力が戻る。
「ぎゅーとかはして大丈夫なの?」
 それでも心持ち心配げな顔を、総一郎は笑って見返した。
「もう調べた」
「??ふーん」
 挙動に不審は感じても、なにをどうという具体的なことはよく判っていないのだろう。不明瞭な顔で相槌を打ったミサは、辺りをきょろきょろと見回してから不意にぺたりと畳に座り込んだ。
 なにが……と一瞬警戒しかかって、けれど自分を見上げる表情にはどこにも不自然な様子はない。なにかが起きたというわけではないのか……訊ねようと口を開きかけたところで、ミサがややずれたメガネをくいっと上げ、照れたような顔で口を開いた。
「ずっと立ってるのも変かなって」
「ああ、そうか。そうだな」
 その発言に虚を突かれ、総一郎は照れ混じりの苦笑を浮かべつつ、ミサのむかいにあぐらを掻いた。
 これはこれはでよくない傾向だといえる。せっかく二人きり水入らずで過ごすためにここを借りたというのに、警戒心ばかりが先に立ってしまっている。自分がこうでは、彼女も芯からくつろげないだろう。
 自分の中にもやもやと漂う残滓を追い出すべく、鳩尾に息を吹き込むように深呼吸する。警戒は必要だが、今はそれよりももっと必要なことがある。
 そんな風に自分の気を鎮めていると、ふと、むかいに座っていたミサが動いた。膝立ちのままずずっと彼の側に寄ってきたかと思うと、すぐ隣にぺたりと腰を下ろし、身を乗り出すようにして頬に唇で触れてくる。
「ブロッコリー撃破おめでとうー」
 レンズの奥の瞳は嬉しげに細められて、彼女が本気で祝ってくれているのが伝わってくる。まぁ、自分にそれを食わせようと彼女がいろいろと陰謀を巡らせていたのは、今までからしてずっとそうだったわけで。
「次はピーマンかー」
 にこにこ笑顔で言い放たれた言葉に、思考が飛んだ。
「・・・」
 ぐ、とあぐらを掻いた膝に体重が乗るのを感じて、ようやく我に返る。膝に手を付いたミサが身を伸び上がらせて、下から彼の顔を覗き込んでいる。ご機嫌な笑みは悪戯めいていて、ネコみたいだとぽつりと思って。
「実はわたし、ブロッコリーよりピーマンのほうが、レパートリーあるの」
「・・・まあ、お前がいる間くらいなら、我慢できるだろう」
 ……楽しそうでなによりだ。深く息を吸ってからそう答えると、ミサは楽しげに声を上げて雪崩れるように首に抱き着いてきた。本当に、今日の彼女は機嫌がいい。必ずしも、こちらのブロッコリー克服や先ほどの宴会のせいばかりではないような気がするが、だったら何故と考えるとよく判断がつかない。それはなんだか悔しい気もするが、それでも。
 楽しいなら、本当になによりなのだ。
 笑って頭を撫でてやると、ミサは満足そうな表情でその掌にすりすりと頭を寄せてくる。まるで本当にネコになったみたいだ。そうやってしばらくあやす手に身を任せていたかと思えば、突如身を翻すようにしてあぐらを掻いたままのこちらの背に抱き着いてくる。首を柔らかく拘束されて、体重を預けられ、僅かに苦しい体勢もこれはこれでなんともいえず幸せな心地になる。
「きょうはくっつくな」
 首に回った手にそっと触れてほどきながらそんな風に言葉を振ってみれば、すぐ真横でミサがまた笑った。
「うん、電話じゃくっつけないでしょ」
 簡潔にして的を射た理由に、なるほどと頷く。
「まったくだ」
 ほどいた腕をそのまま引くと、ミサが歓声を上げて転がり落ちてきた。それをうまく受け止め、そのまま腕に柔らかく力を込める。一瞬じたばたもがく素振りを見せたミサは腕の力にすぐに動きを止め、満足げな吐息を漏らしながら再び総一郎にすり寄った。
「どうした?」
「ううん」
 問いかけには笑顔で首を振り、ミサは横抱きの形になるように総一郎の膝の上に座り込む。そのまま首に腕を回されて、総一郎は唇を寄せた。軽いバードキスをどちらからともなく繰り返して、なんともいえないむずがゆさに口元が緩む。
「照れるな」
「ふふ」
 軽やかな含み笑いを漏らして、ミサは総一郎の鎖骨の辺りに頭を埋めた。すりすりと、またしてもネコのように頭を揺らし、ゆっくり吐息をつく。
「わたしね、こうしてもらうのすごく好き」
 打ち明け話の囁き声に、また唇を塞ぐ。丸まった背中を撫でると、さえずりのような笑い声が耳をくすぐった。
「総一郎はどういうのがすき?」
 そっと聞かれて、思わず手が止まる。どういうの、と言われても困る。あれやこれやと一瞬駆け巡った想像に無理矢理蓋をして、あえて違う問いかけを振り返す。
「今日はどうだった?」
 どう、とは勿論、先ほどのささやかな宴会に対してだ。どちらの発案だったのかは推して知るべしだが、第七世界人にして国民の一人、八守時緒に二人で呼ばれた。訪ねた先には当然ながら八守の創一朗がいたわけで……まぁ、これも彼女、あるいは彼女たちのしくんだ、無邪気な謀というやつだ。
 案の定、ミサは眼を細めてくすくすと笑い出す。
「おもしろかった。たぶんそう思ってるのは私だけね」
 まぁ、当然そんな回答になるとは予想していたわけだが。
「ならいいが。俺はまあ、興味深くはあったな」
 あの一幕のそれぞれのやりとりを思い出す。自分に対しては様々な色合いの警戒心をこれ見よがしにあらわにしていたあの男と、辺りの空気にどこか気後れしてしまっていた時緒と。それから、楽しげに、幸せそうに笑っていたミサ。
 最後まで困ったようにしていた時緒には、もう少し気遣いをしてやりたいと、あの時思ってはいたのだ。気遣いのつもりなのかなんなのか知らないが、30度ほど角度のずれた反応ばかりを彼女に見せるあの男の様子を目前に見させられれば尚更。好いた女にあんな顔をさせるなんて、俺の風上にも置けない奴だ……と、まるっと棚上げなことを考えつつ、総一郎は肩を一つすくめた。
「向こうが意地っ張り同士で、心配になった」
 端的な感想を述べると、僅かに首を傾げてからミサはふふーんといったような顔を近づけてきた。
「心配してる人の発言じゃないのがいくつかあったわね」
「そうか?」
 そらっとぼけた口元に軽くキスされる。至近距離で目を覗き込んで、ミサは眼を細める。
「うん、多分だけど」
 そこに楽しげな色を見て取って、総一郎はあっさり白旗を掲げた。
「すまん。頭にきてたときもあった」
 白状すると、ミサは腕を総一郎の首に絡めたまま笑い出した。先ほどと同じような、楽しげで幸せそうな、心地よい笑い声。
「かわいい」
 覗き込んでくる視線から微妙に目をそらしつつ、総一郎は言葉を探す。自分とあの男のやりとりについては、ミサにとって十分に予想の範囲内のことではあったようだが、それでもまぁ、もっと大人な対応をすべきだったのかもしれない。だが……こちらだけどうこうという問題でもない、筈だ。
「あいつらが嫌いじゃないが、つっかかられると、頭に来る」
 探しあぐね、結局は結局は素直な真情を吐露することになる。ミサはくすくすと笑って、やにわに総一郎の顔にキスの雨を降らせ出した。
「らしいといえばらしいわねー」
 頬から耳元、こめかみへと、柔らかい接触がくすぐったくて総一郎は目を閉じる。いったいなんだ、なにかスイッチを入れるようなことを言っただろうか。それはともかく……恥ずかしい告白に対して、この仕打ちはない、と思うのだが。
「そういうかわいいとこ好きよ、わたし」
「かわいいというな」
 反射のように言い返した自分の頬が、柄にもなく熱くなっていることには、とうに気づいている。それを誤魔化すように覆い被さる勢いで熱烈なキスを仕向けても、やはり彼女は笑うばかりだ。なんだろう、この負けた感は。
 それでいて、どうしてか不快な気持ちはないのだ。彼女から放射される喜色が唇を通して流れ込んできたように、全身が温かい昂揚に満たされていく。
 こんな思いを共有できるのは、彼女だからこそ。この喜びは、彼女がいればこそなのだ。
 首筋にぎゅっと抱き着かれて、その背を包むように抱きしめる。
「やっぱり二人がいいな。愛してる」
 耳元に囁きかければ、返ってくるのは耳をくすぐる笑い声。
「そう言うだろうなーと思ってた」
 内緒事を打ち明けるようにそう呟き返したミサは、そのまま音を立てて頬にキスをくれる。
「総一郎、大好きよ」
「読みやすくて悪かったな」
 笑いながら返した憎まれ口に、ミサは甘やかな笑い声を立ててまたぎゅっと抱き着いてくる。腕の中にある、柔らかな温もり。それは紛れもない現実のもので。
 不安は尽きることはなく、悲しみはいずれまた牙を剥くだろう。それでも。
 繰り返す。彼女から降り注ぐ愛情をあますところなく受け止めて、歌うように、祈るように、汲めども尽きぬ喜びのありったけを込めてただ一つの言葉を。
「・・・ なまえも呼んで」
 恥ずかしそうな声が紡いだささやかな要求に、唇が甘く微笑む。
「ミサ、愛してる」
 息を飲む気配。満たされたような吐息。抱いた温もりから伝わるそれにふと恥ずかしさがこみ上げてきて、総一郎は彼女の肩に顔を埋めるように深くその体を抱きしめ直した。

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