ちひろ@わかばのリワマヒ日記帳

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zoom RSS 花陵ふみ@詩歌藩国様からのご依頼のSS

<<   作成日時 : 2012/02/06 06:37   >>

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 貴方はとても感情が豊かで心優しい人だと、昔言われたことがある。その時はわりと鼻白んだし、正直決めつけるような台詞に怒りも覚えた。
 自分が優しい人間だと思ったことなど一度もない。感情は人並みには備えているだろうが、組織を率いるものとして常にそれは抑制するように努めてきた。
 それを、自分だけは理解していると言いたげに微笑まれて、いらっとしたのだ。けれどそこで反発を見せれば相手の思うつぼのような気がして、結局は何でもない顔でスルーしたのだけれど。
 今になってなんの脈絡もなくそのことを思い出してしまうのは、きっと彼女のせいに違いない。


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 夕暮れ時、茜色に変わりつつある空を薄く染まった雲がたなびいていく。その様を眺めていたヤガミは、背後から近づいてくる慎ましやかな足音に組んでいた腕をほどいた。振り返った視線の先、彼女は身をふらつかせるようにして立ち止まり、ためらうような上目遣いでこちらを見上げてくる。
「ひ、ひさしぶり。ソウイチロー…。」
「ああ」
 ぎこちない空気がなぜなのか、応えつつめぐらせた考えは、すぐに過去の記憶へと突き当たった。それをそっくりなぞるように、ふみは視線を足元へと落とす。
「逢えない。って散々言ってたのに、逢いにきた。」
 自らの行動をそう受け止めているのか、声の響きはいつになく苦い。会ったときから変わらない生真面目さに、自然と口元が微笑んだ。
「いや、いいんじゃないか?」
 穏やかな肯定の言葉に、そろりと視線が上がる。
「いいの、かな?うん。なんにしろ、逢えてうれしい。のはうれしい。」
 言葉が進むにつれ、ぎこちなくでも笑顔が浮かび上がってくる。胸を暖めてくれる感想に、ヤガミは笑顔のまま頷いた。
「うん」
 それにようやく屈託を振り切ったのか、ふみの表情からようやくぎこちなさが消える。小走りで距離を詰めてこちらを見上げる瞳を穏やかに見下ろして、ヤガミは意識的に笑みを切り替え、辺りを見回してみせた。
「まあ、ちと寒いが」
 わざとらしく腕で自分の身体をだく仕草までつけたヤガミに、ふみは屈託ない柔らかな笑みを取り戻す。
「地熱の関係で夏は暑すぎるんだが、どうにかならんものか」
「ふふ。ソウイチロー、寒いの苦手?」
「・・・得意じゃないな。南国育ちだ」
 こちらの顔を覗き込んでくるふみのまなざしに、笑顔で首を振る。絡まった互いの視線にどちらからともなく笑みを深め、二人はごく自然に連れ立つように歩き出した。
 恐らくは無意識なのだろう囁くようなハミングが、今日も彼女の唇から漏れている。ヤガミはいつも通りに、そのささやかな旋律に耳を傾ける。
 この国は詩歌いたちの国、数多いこの世界の独立独歩の国たちの中でも、殊更に独自性の強い国だ。一見脆いようでいて、その実は侮りがたい力を持った国だということは、古い建国から続く歴史が証明している。
 そしてこの国を形作ってきた人々の有り様を、彼は微笑ましく思っている。それは多分に、今隣を歩く少女の中に結実しているものでもあるのだ。
 優しい旋律がふと途切れ、ふみは彼の方に首を振り向けた。
「手紙ありがとう。潜水艦の部品の件が、気になってる。」
 紡ぐ言葉に引かれるように、自然と表情が真剣なものへと変わっていく。不協和音をくちずさむように眉間に似合わぬ皺まで刻んで、ふみはふと視線を足元へと投げた。
「また、色々あるの。嫌。」
 小鳥が羽根を震わせるような、魂のおののきが伝わってくる。それを脅かさないようにことさらに柔らかい声を、包み込むような響きで彼は発する。
「まったくだ。見に、いくか? 案内は出来る」
「はい。お願いします。教えてちょうだい。」
 再び彼の方に向けられた瞳には、おののきを抱えながらもはっきりとした、意志の光が宿っている。その懸命な様に、ヤガミは優しい目を向けた。
 先に立って歩き出すと、彼女は小走りに横に並ぶ。少し速度を緩めてみても、その唇からもう旋律は流れ出さなかった。
「セプの潜水艦がきてたのと、関係あるのかなぁ。とは思ったのだけど。」
「たぶん。まあ、そう、軍はきめつけている。それならそれでかまわんが、まあ、調べては見たいね」
「ふむ、ふむ。私も知りたい。」
 彼の言葉を吟味するように数度頷きを経て、彼女は最後にもう一度深く顎を引いた。視線はまっすぐに、まだ見ぬものへと向けられている。
「知らないこと知るのは、大切。」
 詠唱にも似た旋律を宿した言葉は、魂となって空へ放たれる。目には映らなくても、確かに。
 とても繊細で、心優しく、強い風にも手折られそうでありながら、もがくことを諦めない。彼女自身は己を弱いものと捉えているのかもしれないが、身を切る痛みに埋没することをよしとしない魂は、それだけで充分に強い。いつか風に向かって羽根をひろげられるようにと、願ってやまないその有り様。それが、自分にどんな気持ちを抱かせるか、彼女はきっと判ってはいないだろう。


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「いっぱい輸入できる。ってことは、ほんと、お金持ちなんだなぁ。」
 またしても似合わぬ皺を眉間に刻んだしかめ面での一言は、正直ほとんど不意打ちだった。ヤガミの感覚からしてみれば、それまでもけっして緊迫した状況ではなかったのだけれど。
「たまに途方もなく子供っぽいな。お前」
 そんなことを口にして止めどなく溢れる笑いに身を任せるように肩を震わせていると、真剣な眼差しを遺棄された部品に向けていたふみは、驚いたように目をぱちりと見開いて彼を振り返った。
「よし。あ? へ? そこで笑う〜〜?」
 困惑をあらわにした問いかけに、ようやく治まってきた発作のような笑いの波を深呼吸で殺し、矢上は首を振った。
「いや。それまでは割と普通だろう」
「だって、詩歌の国庫、きゅう、きゅう。だったから!」
 恥じらっているのか頬を赤く染めて、ふみは抗議するように声を高める。むきになったような様にまた笑みを誘われつつ、ヤガミはもう一度首を振った。
「いや、国庫は空のほうがいい」
 それは勿論、不測の事態に備えることは大切だが、そういった最低限の用意を越えて溜め込むよりは、様々な局面にあわせて国庫を放出することが肝心だ。国レベルの基幹システムにしか出来ないことは、本当にたくさんあるのだから。
 ここにはこれ以上見るべきものはないと見て取って、ヤガミは立ち上がり、簡素な作りの漁師小屋を出た。後を追うように出てきたふみが声にならない感嘆の音を漏らすのを背中で聞きながら、ヤガミは目を細める。
 オレンジの雲の帯をリボンのようにまとった巨大な太陽が、ゆっくりとその身を海へと沈めていこうとしている。この上ない壮麗さは、小賢しい言葉など寄せ付けない。人が言葉を奪われることは、敬虔さの表れなのだと、思う。
「わー。小笠原でも、見たよね。夕焼け。覚えてる?」
 一つ深呼吸してようやく我を取り戻したのか、ふみはどこか弾むような声でヤガミを見上げてくる。その視線に微笑みを返して、ヤガミはもう一度沈みゆく夕日へと視線を投げた。
 南の島の崖の上で、同じように二人で沈む夕日を眺めた。あの時の夕日も、目に焼き付くほどに美しい夕日だった。
 また夕日を一緒に見よう、これからまた、何度でも。それはあの日、彼女が紡いだ言霊。そのことを、あるいは彼女も覚えているのだろうか。
「覚えてるが、まあ、こっちのほうが、いいな」
 同じように海に沈む夕日を、今の方がいいと思えるのは、きっと自分の胸の内のせいだろう。こうと、感じてしまうのは。
「暖かい」
 呟いた声音の思いも寄らない叙情の響きに、なんとはなしに照れくさくなる。とはいえこれだけ茜の光を浴びていれば、それが伝わることはないだろう。そっと傍らに寄ってきた気配に唇が和む。
「うん。ふるさと。て気がする。私、詩歌藩国、好き。」
 自分とは違う衒う様子のないしみじみとした述懐を口にして、ふみはふいにこちらへとはにかんだ笑みを向けてくる。
「あの時、初めてソウイチローと手を握ったのよね。うれしかった。」
「……」
 なんの飾りもない言葉が、それ故の強さで胸に飛び込んでくる。ここで返す言葉を持てないのは、敬虔さとはまた違う心の作用だろうが、それにしてもなんというか。
 頭を掻きながらしばし言葉を探して、結局掲げたのは白旗だった。
「あー。どういえばいいかこまるな」
「なにも言わなくても、手、繋いでくれればいいよ?」
 夕暮れの色よりももっと鮮やかな色で頬を染め、言葉とは裏腹のためらいを見せつつ小さな手が伸ばされる。間を置くとその恥じらいが感染してしまいそうで、ヤガミはあえて言葉の方に応える素振りで手を取った。
「はいはい」
「わーい。うれしい。」
 そうしてこうやって、自分の小賢しさは彼女の素直な振る舞いの前に簡単に砕かれてしまうのだ。ついつい足を早めてしまうのは、この顔を見られたら負けが確定してしまいそうだからだ。そんなのは、悔しいだろう。
「ばーか」
 それでも落ち着かない思いが、ついつい他愛もない悪態となって口からこぼれ落ちる。跳ねるような足取りの彼女は、握った手をぎゅっと握りかえして微笑んだ。
「ばーか。て言っても、私、ソウイチロー。好き。あったかいもん。」
「生きていれば、そりゃ熱でももつだろ」
 完全に憎まれ口と自覚してのそっけない言葉にも、ふみは怯んだ様子を見せない。いっそう目を細めて、愛おしげな笑みを浮かべるのみだ。
「うん。生きててね。一緒にいようね?」
 飾りもない、駆け引きもない、複雑なカットなどなにも施されない言葉は、だからこそ磨き上げたような輝きを放つ。その美しさにつられるように、自分の唇からもシンプルな言葉がふとこぼれ落ちる。
「死にたくはないなあ」
 いつでも死ぬ覚悟は出来ている。それが必要ならば、何時でもこの身を賭け、投げ出すだろう。それが為に、封じていたはずの言葉だった。
 見えてしまえば弱くなる、そう疑いもせずに遠ざけて、目を逸らして、いつしか忘れ果てていた。
 その後に続く反語さえ用意しないまま、紡がれたむき出しの言葉が胸に落ちる。瞬時息を止め、けれど。
 そうだ。それが本当の心だ。死にたくはない、生きていたい。感じ取れる全てを、これからもずっと感じていたい。潮騒の響き、髪をそよがす風、鼻をくすぐる磯の香り、そうして繋いだ手の温かさも。
 その思いは、その望みは、弱さではない。弱さにはならない。たった今、そうと知った。
 ふいに手を引かれて我に返り、ヤガミは掌に吹きかけられる吐息の感触に歩みを止めた。両手で包み込むようにしたヤガミの手に、冬の朝にそうするように息を吐きかけ、ふみは顔を上げてにっこりと笑う。
「ほら、こうするともっと暖かい。」
「なんだそりゃ」
「へへ。あったかいことは、いいこと。」
 その響きは素朴で、暖かい。いかにも彼女らしい言挙げに、胸の奥まで優しい熱が伝わってくるようで。
 反対の手を伸ばし、詩歌の民の特徴である白い髪を撫でる。その手に頭をすり寄せるようにして、愛おしげに、嬉しげに、ふみが笑う。
 吸い寄せられた視線に、我に返ってふとこみ上げた気恥ずかしさが、咄嗟に背を向ける行動になってしまう。それを悟られぬようにと繋いだ手にもう一度軽く力を込めて、ヤガミはゆっくりと歩き出す。
「酒でものみにいくか」
「行く!」
 打てば響くように返ってきた答えと共に、ぶつかってきたのは温かな身体。ぎゅっと後ろから抱き着かれて、ヤガミは小さく微笑んだ。

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